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『張山光希は頭が悪い』第3話:自由の忠告

第1話(末尾に全28話分のリンクあり)
(文字数:約7800文字)


第3話 自由の忠告

 予定調和で分かってた、とは言っても合格通知が届いた時にはホッとして、
「うわーい! 薫も高校おんなじだー。わーい!」
 僕よりも全力で喜んで、光希が両手を広げてくるからついパチン、と叩き合わせる。
「来年から、トウコウゲコウも薫といっしょー」
「イヤだよ。あと高校生なんだしせめて通学って言って」
「え」
 僕が座っていたソファーの隣に四つん這いで乗り上がって来る。
「高校生だとなんで、トウコウゲコウはダメなの? あと帰る時はそれなんて言うの?」
「ん、と帰宅でいいんじゃない?」
「それっておシゴトの人もいっしょじゃない? 会社から帰るのか学校から帰るのか、分かんなくならない?」
「高校生には学校が仕事みたいなもんだよ。多分」
「え。じゃあそしたらさ。ボクたちボクたち、シャカイジン?」
「違うよ。それは高校過ぎて、社会に出てから」
「え。シャカイにはもうボクたち出てるじゃない。学校だってシャカイじゃないの? たまにそういう言い方も聞かない?」
「ん」
 一個一個詰め寄せられたらどうなんだっけって分からなくなった。
「ああ。あとさ。あとさ」
 ソファーの上に正座になってちょっと恥ずかしいみたいに、上目遣いになってくる。
「高校入ったら、キョウカショとか忘れちゃった時、かしてくれない?」
「学年違うんだから学校変わろうがムリなんだって、小学生の時からなんだからいいかげんで気付け」
 やっぱり僕にはどうしたって、光希は頭が悪い、としか思えない。
 もっと小さい時からそうだったけど、高校生になってもねぼすけで、ひと通り喜んだりはしゃいだりしているうちに、目をこすり出してあくびをし始めたら、
「ごめん。ちょっとだけ……」
 ってソファーとかに横たわって、すぐにスヤスヤ寝入ってしまう。コーヒーの香りが近付いてマグカップを持った光希のパパが、近くに一人掛けソファーを寄せて来て座った。
「ありがとう。薫。いつも相手してくれて」
 メガネの奥の目を細めて微笑んでくるけど、
「別に。寄って来られていつも、振り回されてるだけだし」
 ついぼやきながら光希の寝顔を眺めていて、あれ? と思った。
「光希……、何か白い髪混じってる?」
「え」
 ってパパも近寄って覗いてくる。パパに似て元から茶色っぽい髪だけど、そっと掻き分けて間近で見ると、所々はっきりと白い。
「ホントだね。色素薄いからかな」
「早くない? まだ高校生だよ?」
 言いながらちょっと怖かったのは、年々髪が白くなっていく、僕のお母さんが思い浮かんでいたから。
「人によってはそういう事もあるんじゃない? 光希が気にしないなら、大丈夫かなって」
 パパはそれで済ませてコーヒーを飲んだ。

 張山の家があるふもとだって、結構な田舎だから、高校生にもなるんだったら集落ではもう立派な働き手だって、前々から草取りとかヤブ払いとか、田んぼの刈り入れとかの手伝いはしてきたけど、いよいよもって休日は「労働日」になってきた。
 時々お菓子やお駄賃、レベルじゃなくて、封筒に入ったバイト代もらえるのは嬉しいけど、正式には高校も入学前で、準備とかも必要な春休みだってのに容赦が無い。
「おいと合わせお米……、え、これ何?」
「さっきから謎の呪文唱えてると思ったら、もしかして『お給料』分解して読んでるのか?」
「分けて読む……。ああ。そうだ薫、高校に入ったらさ」
 二人並んで家まで歩いていた横の車道を、真っ白な流線が閃くみたいなバイクが一台、通り過ぎた。
「今の」
「だよね」
 光希と顔を見合わせて、家までは上り坂だってのに駆け上がる。カーブを曲がったら見える張山の家の、車道に面した駐車場に停めたバイクを、長い脚を高く跳ね上げながら降りて、ヘルメットを外して微笑んできたのは、
「久しぶりだな。張山の長男くんに、私の甥っ子」
 高校を卒業したくらいから、小石川の家を離れたっていう、お母さんの双子の弟だ。
ひかるおじさん!」
「って光希のおじさんじゃないだろ!」
 僕よりも全力で喜んで、おじさんのレザージャケットに抱きついたり腕を取ってブンブン左右に揺らしたりしている。うっとうしいだろうと思うのに、おじさんは姿勢良く微笑んだままだ。
「大きくなったな二人とも。顔を合わせるのは三年振りか」
「すごい。これハスクバーナだ」
「はくす?」
 って光希は口ごもって、その場で二、三回教えたくらいじゃ言い切れない。
「はすくすくす」
「舌が回らないならムリすんなよ」
「晃!」
 言い合っている間に家からは光希のパパが出て来た。
「バイクの音がしたから、まさかと思って」
 春先であたたかい中を駆け出して来たせいか、パパの頬が赤い。
「実家に、行く途中?」
「いや。甥っ子に直接、入学祝いを渡そうと」
 そう言われて手のひらサイズの箱を手渡されたけど、
「え。僕だけ? 光希には?」
 口にしたらおじさんは笑みを強めて、僕の頭を撫でた。
「もちろん長男くんには昨年贈ってある」
「届いた届いた。受け取って、お礼の手紙も書いたよね? 光希」
「え。あ。テガミ、とか、あの」
 書いてねぇな。
「動画をもらった」
「ああそうか。そうだよね今時。ちょっと、ゆっくりして行ける? だったら、上がってって」
 おじさんに苦笑されて光希のパパは、なんだかいつもより落ち着きが無い。

 家に帰ったらまず、仏間に行って仏壇に、お線香を三本上げて手を合わせる事になっていて、次に外で働いて来て汗だくだから、光希も一緒にお風呂に入る。脱衣所も洗い場も広いし、なるべく水やガスは節約したいから、もっと子供の時からそんな感じで、特に気にしてもいない。
 二人並んで肩まで浸かって両足伸ばしたってどこもぶつからないくらい、浴槽だって広い。
「いーぃろーはー、にーおおえーど」
「お風呂場で歌うなよ。外にまで響くだろ」
「うたってないもーん。となえてんだもーん」
「外で聞こえてる人には一緒だって。うるさいだけだって」
 お風呂から上がって身体を拭いて、光希はパジャマに着替えたけど、僕は長袖のシャツとパンツを選んで、髪を拭きながらバスルームの外に声をかけた。
「おじさん!」
「どうした甥っ子」
 居間の方向から声が返ってくる。
「僕あのバイク乗せてもらいたい! いいかなぁ?」
「え……」
 って背中の方から聞こえて、振り向いたら光希が、目を丸くしてブンブン首を振っていた。
「いいよ。光希までついて来なくて」
「そうじゃなくって……」
「構わないが甥っ子。自分のヘルメットにプロテクターは?」
 居間から歩み出て来たおじさんは、薄暗い廊下の中でほとんどシルエットに見える。
「え。そういうのが無いと、ダメ?」
「ダメだ。張山が悲しむ」
 シルエットが寄って来て近付くにつれて顔が分かる。性別は違うけどお母さんとは双子で、すごく整った顔で微笑んでいるけど、
「ボクおやすみー」
 って光希が僕たちの横をすり抜けて、廊下に沿った階段を上って行った。
「ボクつかれちゃったから夕ごはんまでねまーす!」
「はーい」
 って居間からはパパの返事が聞こえた。同じくらい働いた僕は、午後の三時半から眠るほど疲れていないけど、光希だからな。
「甥っ子」
「薫だよ」
「名前は、分かっている。言っておくが私は」
 間近に顔を近寄せて、僕のアゴにも手を添えて少し上げさせてきた。
「張山を悲しませる者は、誰であろうと容赦しない」
「何それ。すごい言い回しなんだけど」
 電気が点いてパパも、廊下に出て来た。
「僕のヘルメットにプロテクター、使っていいよー」
 装備品を抱えて糸みたいに細めた目で、にっこり笑っている。
「サイズもそこそこ、近いと思うし」

「バイクが好きなんだな。甥っ子」
「うん。十六になったらすぐ免許、取りたいなって。あと、ごめんなさい。頼んだの迷惑だった?」
「いいや?」
 っておじさんはかぶり掛けたヘルメットを、一旦下ろして僕を向いてきた。
「どうしてそう思った?」
「何となく。さっきの会話が何か……、よく分かんないけど……」
「構わない。私も、ずっとやってみたいと思っていた」
 ひと通り装備を着け終えて、先に乗ったおじさんの、両肩を掴んで弾みを付けて上がる。
「二人乗りを?」
「ああ。しかし後ろに乗せるのは、言わば『守るべき者』だから」
 走り出さないな、と思って覗いたら、おじさんは両手を合わせていて、一分くらいは過ぎてからハンドルを握ってスロットルを開けた。
「お祈り?」
 って訊いてみたけどヘルメット越しだし、家からの坂道を下って行く中で多分届いていない。
 小石川の実家からは逆方向、だけど、また別の山道に入って、高すぎない山を左右たくさんのカーブに身を沿わせながら、乗り越えて行くのってすっごく楽しい。鳥の声がするし色んな色や形の花が咲いてるし、風に翻った民家の洗濯物が傾きかけた日差しを受けているし、アールのきついカーブに入ったら進んで行く先に目を移す、ってのが、教えられたわけでもなくスムーズに出来る自分に気付いたりした。
 僕は掴まっているだけだけど、今ここヽヽヽにいる感覚が強い。好きな道を選んで進んで行けるって感覚が、四輪車よりもずっと。
 おじさんの運転を、支えているとまでは言えないけど、邪魔してないし多分、楽しませ切れている。合図があってバイクはついと、路肩に止まって、おじさんは手元の端末を操作して、
「張山。甥っ子と夕飯を食べて戻っても構わないだろうか」
 良いよー、ってパパの返事がかすかにだけど聞こえる。おじさんが肩越しに僕を振り向いてきたから、僕もヘルメットのまま頷いた。

 一時間くらい走ってバイクが入ったのは、ハンバーガー屋さんだけどレストランで、きちんと調理されてフライドポテトと盛られたお皿を手に、谷底に川が見えるテラス席に座った。
 夕暮れを少し過ぎて薄赤いまま暗くなっていく時間帯で、テラス席の頭上からのライトが点く。ぼんやり見えていた川の流れが音だけみたいに暗く感じた。
 おじさんはライトの真下には座らず、店内には背を向けて陰に隠れる位置。
「暗くない? こっちと変わる?」
 って訊いてみたけど、
「いや。明る過ぎるんだ」
 って返されたから、そうなんだってそのままでいた。
 駐輪場に並んだバイクの中でも白のハスクバーナがひと際目立っている。
 ハンバーガーは分厚くてかぶり付くと肉汁が溢れ出す感じで、すごく美味しくて、ポテトに炭酸飲料も、僕にとっては珍しい。ファストフード店なんかふもとにも無いからテレビでしか見ない別世界で、行けると思った事も無い。だから、バラエティーとかで話題にされた時点でシラけちゃう。
 ファストフードだけじゃなくて大抵の、常識とかあるあるネタなんかもそんな感じで、テレビなんかハマって観る気もしなくなる。
「山の上にいた間の憧れだった」
 っておじさんもひと口ごとに嬉しそうだ。
「おじさんはさ、どうしてあの家、出られたの?」
 ん、と微笑んだまま少しだけ、首を傾けてくる。
「僕みたいに、要らない人間でもなかったんでしょ? 惜しまれてるし、会いたがられてるしそれ、伝わってる」
 微笑んだままお皿のポテトに、伸ばしかけていた手を置いた。
「どうして自分の事を『要らない人間』だと?」
「それはだって、まず、女性じゃないと継げないし」
 うん、と切れ長の目が閉じられて、長いまつ毛が印象に残る。
「いつからだってもう思い出せないくらい、小さな頃からあの家に、預けられてたし」
「両親は様子を、見に来てくれただろう。頻繁に」
「そうだけど。高校だって行きたいとこ、選ばせてもらえなかったしさ」
「どうしても行きたかった高校が?」
「いや。無かったけど。決められちゃったからさ。選べるって思えてたら選んでたよ」
「その通りだ」
 目が開いて見詰められた時点で、叱られた、って感じた。
「毎日のような嘲笑や軽蔑や、叱責を加えられた結果決められた事か?」
「そんな、事は無いけど……」
「傷付けられては血を流し、死を覚悟するほどの恐怖に苛まれたか?」
「無いよ。そんな事」
「ならば口を閉ざして引き下がれ。聞き苦しい」
 ちょっと、グチをこぼしたくらいでそこまで言わなくてもって、思ったけど口に出せなかったのは、おじさんがシワも作らず整った顔を少しも崩さずに、頬に涙を伝わせていたから。
 お母さんと双子で、性別は違うけど似ているから、お母さんもこのくらい泣きたかったんだなって気が付いた。だけど、
 お母さんは生き神様だから。
 何だそれって、頭のどこかではずっと思ってるけど本当に、生き神様そのもので、お母さんの「声」は家の中だけじゃなくって集落の全体に、草木の一本一本にまで、土地で育てている花々の一輪一輪にまで、伝わってしまうから。
「君は、愛されている。君を愛する者たちが今の言葉をどう受け取るか、察し切れないほど幼くもないだろう。目に見えないから耳に聞こえないからと言って、伝わるものまで無にするな」
 言われなくたって僕には伝わっている、はずの事だけど、僕は、僕だけはふもとでも暮らしているから、言葉だって欲しくて完全には、自分の実家に馴染めない。
 涙を拭いておじさんは、笑みを強めて、
「君の立場は理解する。君の境遇にもいくらか同情は出来る。忠告を与えよう」
 微笑まれると何の問題も存在しないみたいに、堂々として見えた。
「自由には責任が伴い、決して無償ではない」
 ずっと聞こえ続けていたはずの川の音が今頃耳についた。
「憧れ追い求めるものではない。否応無しに、ならされるものだ」

 見えてきた張山の家の駐車場には、人がいて、街灯に照らされてるから光希のパパだって分かった。停まったバイクからまず僕が降りて、おじさんも降りたその前に、パパが近寄って行く。
 ヘルメットを外しておじさんは、少し乱れた黒髪を掻き上げて、
「張山。迎えに出てくれなくても」
 って微笑んでいたけど、
「そういうわけじゃなくって、ちょっと……」
 パパは珍しく口ごもっている。
 おじさんは、僕を向いて明らかに、笑みを強めて、
「甥っ子。これも一つの責任だ」
 って僕の目の前で、光希のパパにキスをした。
「ってちょっ……とぉ……」
 って僕を気にしながらパパも、
「晃ぅ……」
 まんざらじゃなさそうに、しっかりめのキスを返したりしている。
「悪いがそれほど時間が無い」
「うん。分かってる」
「また連絡する」
「うん」
「愛してる」
「僕も」
 二人の会話がつらつらと、脳を滑って現実味が無い。僕の方はヘルメットをかぶったままで助かったような、逆に突き落とされたような。
 白のハスクバーナが光と音を散らしながら走り去って、光希のパパはバイクが完全に見えなくなるまで見詰め続けて、ちょっと溜め息をついて笑顔を作ってから、駐車場横のアプローチを家の表玄関まで歩いて行って、
 僕もその後を歩きながら、アゴの金具を引いてヘルメットを外して、家の中に入って玄関戸が、僕の背中の後ろで閉まり切るのを感じた瞬間に、
「何やってんだおっさん!」
 外ではさすがに響き渡るからって、気を使って飲み込んでいた感情があふれ出た。
「おっさん、って言い方ちょっと、やめてよ」
 靴を脱いで家に上がろうとしていた手前で、おっさんは、俺の剣幕にビビって隅に縮こまっていやがる。
「何だてめぇ、ホモなのか? 今まで隠していやがったのか?」
「二択で答えるなら、はい。ホモです。だけど、男は晃じゃなきゃムリだし女性は好きだから、正確にはバイ寄りのノンケかなぁ」
「そんな言葉の定義みてぇなもんは、どうだって良いんだよ! 嫁さんに、子供だって二人もいるくせに……」
「その嫁が了承してるってわけよ」
 二人して玄関口に立ったままだったから、光希のママの声が上から降りかかるみたいに届いて来た。光希に遺伝したパッチリふた重の目で、太ってもいないし小柄なのに、中身がどっしり詰まってたくましい印象がある。
「薫。帰ったらまずする事は?」
 あ、ってまず仏間に向かいそうになって腹が立った。
「いらねぇよ! てめぇらの家の腐りかけた仏壇なんか!」
「薫!」
 ママの後ろに見えていた居間の障子戸からは、この家に同居しているおじいちゃんおばあちゃんが、並んでひょいと顔を出して来て、仏壇に悪口言ったの聞かれたごめん、とか、おっさんの悪行がバレる、とかも思ったけど、いい気味だ、ついでに叱ってもらえばいいんだと思っていたら、
「いやぁ。しゃあないで。薫」
「そら初めて聞いたなら驚くで」
 ニコニコ笑顔でだけど、老人二人も知っている雰囲気の事を言ってきた。
「私らも初めて聞いた時にはな」
「腰抜かすほどたまげたからな」
「ふっ……ざけんなよこの……」
 頭に浮かんだもっと分かりやすい、悪口だけは飲み込んで、
「揃いも揃って大の大人どもが、ガキたちに恥ずかしいとか思わねぇのか!」
 って怒鳴ったらママはにんまり笑ってくる。
「その子供たちに聞いてごらん」

「うん。あの人パパの恋人だよ」
 今年中学一年になる茉莉花は机に向かったまま事も無げだ。
「もう昔っから。カオちゃん今頃気付いたの?」
「今頃、って予想だにしねぇよ目の前に見るまであんなん!」
「晃おじさんカッコいいもんねー」
 光希はパジャマのままクッション抱っこして転がってるし。
「薫もおじさんに似てカッコいいよー」
「さっきの今でこれっぽっちも嬉しかねぇよ!」
 俺はお前らがどんだけショックを受けるかと思ってまずはそっちに腹を立ててやったのに! 
「お前らの、父親だろうが! イヤだとか気持ち悪いとか思わねえのか!」
「自分の父親だから思ったところで仕方がないのよ」
「パパとおじさんはボクだって気を使わなきゃって思うくらいラブラブだしー、パパとママだって今でもすっごく仲良いから、大丈夫かなって」
「私としては興味深いわ」
 回転イスを俺たちがいる側に回して茉莉花はにんまり笑っている。
「永遠に変わらない愛なんか、存在しない事を初めから分かった上で、あらかじめ浮気相手を設定してそれ以外への目移りを阻止するっていうね。しかもそれが男性であってくれるなら、隠し子なんかのリスクは減るし、もしかしたら経費も向こう持ち。女性の一位だけは変わらず自分の物よ。ママもずいぶんしたたかな女じゃない」
「ママそこまで考えながらやってるかなぁ」
「そうね。半分以上が本能だろうけどね」
 撒き散らした怒りがどこにもぶつからずにすり抜け続けて気分が悪い。
「付き合ってらんねぇ」
 舌打ちして俺は光希のベッドから自分の枕を掴み取った。
「俺はイヤだし気持ち悪いんだよ! 今日から自分の部屋にカギかけて、一人で寝るからな!」
 怒鳴りながら自分でも何か情けなさは感じていたけど、
「どうぞどうぞ。ってか自分の部屋あるのにこっちの部屋に入り浸ってたのは、カオちゃんじゃない」
「大丈夫? 夜中に目が覚めて薫、寂しくなったりしない?」
「俺は光希の面倒見に来てたんだよ! ずっと!」
 自分でもフラフラ定まらなくて、このところ気持ちが悪かった自分のしゃべり方が、この日を境に荒くなったし一人称は「俺」になった。


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