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短編小説 『ミニマリスト』


ある日、東京で暮らしていた姉が田舎の実家に戻って来た。

住んでいたマンションを引き払って来たというが、「そんなに長くはここにはいないよ。」
とのことだった。


持ち物は全て処分したようで、荷物は財布だけだった。




久しぶりに会った姉は随分変わっていた。

以前はボーイッシュで健康的な20代の女性という感じだったのだが、

丸坊主になっていた。

そして骨と皮になっている。


父や僕の服を借りて着ている為、余計に手首の細さや腰の華奢さが目立つ。


胸の膨らみは無くなっていた。
「次は腹の中のものを取ろうと思っているよ」
と、酒を飲みながら僕に話した。



引っ越しに伴って仕事も辞めて来た姉は一日中家にいる。
何をしているかと言えば、もっぱら断捨離である。


まずは押入れに残したままになっていた自分の荷物を残らず捨てた。
学生時代の教科書や制作物、ランドセル、制服。
好きだった漫画や本、細々した雑貨、衣類、バッグ、靴。
卒業アルバム、写真、ホームビデオ。

とにかく、自分に関するものを全て庭の裏にある焼却炉にぶっ込んで、灯油をかけ一気に燃やした。


台所の皿や、お客さん用の布団や、家族の衣類も燃やそうとしたので、流石に母が止めた。

納得したのかしなかったのか、無表情で姉は燃やすのをやめた。



父と母と祖父が寝静まった後、僕と姉は居間で一緒に酒を飲んだ。

僕の作った豆苗とニンニクの炒め物をうまいうまいと言いながらつまみ、家中の酒を飲み干して、姉は泥酔状態だった。
僕も同じくらい酔っていた。


「人一人が意識を向けられる対象は少ない。」


テーブルに突っ伏したまま、姉が言った。


「友達、恋人、子ども、同僚、、、
制御できないものを近くに置いておく余裕は私にはない。


体毛も、脂肪も、存在することが我慢できない。


色、柄、素材、、、
世界は情報が多すぎる。


全て片付けてしまいたい。」


僕は冗談半分で尋ねた。


「ねえ、家族は?


父や、母や、じいちゃんや、僕も、片付けてしまいたいと思う?」




「、、、、、、、どうかな。」


姉の考え方は多分、姉本人も含めて誰のことも幸せにはしないような気がした。

「姉は、どこでなら、幸せになれるの?」



「さあね、



そうだな、

灰色の原っぱが、延々と続いている場所がいいな。」


その答えを聞くか聞かないかのうちに、僕は睡魔に抗えず、意識を失った。





ビチャ、バシャ、ビチャチャ、バシャー、、、。


夜中に水音がして、僕はうっすらと目を開けた。
雨でも降っているんだろうか、、、。


アルコールの残った頭はぼんやりしていた。
ふと、トイレに行こうと思って廊下を歩く。


カーテンの隙間から、ほんの少しだけ赤ともオレンジとも言えないような微かな光が見えたような気がしたが、すぐに消えてしまった。
気のせいだろう。

用を足し、僕は自室のベッドで眠りについた。





いつも通り目覚めた。

なんとなく、家全体が灯油の匂いに包まれているように感じる。



台所に行くと、母が目玉焼きを皿に移しながら姉の行方を僕に尋ねて来た。 


僕は本当に知らなかったのでそのまま伝えた。


「全く、ほんとにあの子は昔から勝手よね。
またどっかにふらっと出て行ったんだわ。」




特に理由もなく、庭に出る。

植木や、飛んできた野鳥を見ながら家の周りを1周してみようとのんびり歩いていたら、
焼却炉から微かに煙が上がっているのが見えた。


朝からじいちゃんがゴミでも焼いたかな?
と思って覗いてみた。



こんもりとした灰から細く煙が上がっている。




僕は納屋に置いてあった軍手をはめて、灰の一部を握りしめた。


普段ならそんなことは絶対にしないのだが、
この時は不思議とそうするのがいいと思った。



そして強くもなく弱くもない風が吹いた瞬間に手を開いた。



細かな灰はふわっと風に乗り、

どこまでも続く田んぼの上空を飛んでいった。



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