就活は焦って決めてもいいし、ゆっくりでもいい

人生で大切なことだから、ゆっくり考えて決めなさい。みたいなことを言われたことがある人も多いと思う。逆に重要な人生の分岐点でもテキトーに何も考えずに鉛筆転がしで決めてしまうような人もいる。

仕事というのを神格化し過ぎたせいで、日本で変な路頭の迷い方をしている人が増えているような気もする。だが、そこらへんは自分の性格とも関係しているだろうし、NISAだろうが転職だろうが、なんかのブームでも、我関せずの人は意外と多い。

私の就活というのは、就活と言えるほど大したものではなかった。ただ、成り行きで行きたい会社をテキトーに受けて、テキトーに落ちて、そのまま時間が流れていった。

私はサラリーマンになりたいと思う瞬間は一度もなかった。理由としては、絶対に自分に合ってないと思ったからでもあるし、単純にお笑い芸人とか、そういう人達のほうが生きてて楽しそうに見えた。

そして私の意味わからんところは、お笑い芸人の道にも進まなかったことで、ただバイトをし始めた。そしてテキトーに海外旅行に行っては、のんびり生きていた。

だが、経済的に満足だったわけでもないので、やんわり就活は続けていた。いろいろな会社を今まで受けてきた。その中でもいい会社もあれば、本当にどうしようもないような会社もあった。

世間ではいい会社がカテゴライズされているような印象を受けるが、実際のところはいい会社というのは、自分に合うか合わないかというだけで、別にみんなにとっていい会社が自分にとって良い会社か別の話である。

その自分に合う会社を見つけるまでも道のりが非常に難しい。どうしても数を受ける必要があるし、いろいろな人と話してみる必要がある。そして、タイトルの通り、無理に焦る必要がないということは、就活というのはその時期の景気に大きく左右されるからである。

縁という言葉があるように、自分の行きたい会社が採用活動をその年はしていない可能性がある。航空業界がコロナの時に悲惨だったように、毎年あるものという認識は当たり前のようで当たり前じゃない。

そして大企業だから良いと思ってたけど、案外給料はそんな多くなかったり、自分のやってる仕事って、会社の中での御用聞きみたいな仕事ばかりで、結局これって会社辞めたらなんか自分の身になんのかな。みたいなこともある。

私としては、今となってはスキルとか、会社の中の知識とか、そんなんどうでもいいな。と思ったりする。結局のところ、そんな万能の仕事というのはないし、何かを始めたら絶対に新しいことを覚える必要がある。

自分から偉そうに言えることでもないが、私ような失敗した人生を歩みたくない人は反面教師にしてもらいたい。仕事の合うあわないはあるとしても、普通に社会人としてある程度の年齢まで数年間仕事を続けられるというだけで、それは立派な能力と言える。

私の場合、本当にどうしようもないくらい仕事が続かなかったりする。別にブラック企業でメンタルやられるとか、そういうことではない。ブラック企業に入社したことはあるが、2日で普通に退職するので、そんなブラックの恩恵を受けるまでもなく逃げ出している。

普通の人はそういうことは出来ないので、きっと頑張って1年くらい続けてしまう。別に新卒で一年頑張っても、それは何かの役に立つだろうし、何もしないで逃げ出すよりは、よっぽど人として成長したり、傷は負っても次に繋がるはずだと言いたい。

自分がなんでこんな性格なのかわからない。昔から仕事を辞めたくて仕方がなかった。世間でいう辞め癖みたいなものなのかもしれないが、続けられるバイトみたいなものもたまにある。だが、それで生計を立てられるほど稼げるわけでもない。

働いたとき、周りの人はすごいきちんと言われたことができる。私は言われたことを何回もミスしたり、何回も聞き直したりして、どうしようもない感じになる。

だが、自分としてはそれが悪いとも思ってないし、それが原因で退職するわけじゃない。ただ、仕事をしている自分の人生をを俯瞰で見ると、自分が何のために生きているのかわからなくなって、頭が爆発しそうになる。

別にサラリーマンを馬鹿にしているとかそういうことではない。私も続けられるなら続けたい。だが、それはかなり私にとってハードルが高いことで、仕事の文句を言いながら、だらだら続けられたらいいのに。と思ってしまう。

文句を言うどころか、仕事が嫌すぎて何も言わずにいきなり辞めてしまう。無断でやめるわけじゃないが、本当にもう仕事に行きたくないし、本当にサラリーマンという姿で生きていたくない。

何も自分に才能がないのはわかっているし、ひたむきに必死に努力するわけでもない。頭もよくないのに、何か才能や与えられた自分の天職があるんだと信じていると、もう身動きが取れなくなるし、何も自分を認めることができなくなる。

生物は環境に適応できないと絶滅する。そういうように私は死ぬ側の生物だったんだろうと、自分を慰めるしかない。全員が幸せにお金持ちになれる社会ではない。それは当然ながらわかっていた。だが、誰しもがそれは自分ではないと思っている。

私は名もなき大学に通っていたが、ゼミの同級生はみんな第一志望に大手自動車メーカーの名前を書いていたし、むしろそれしか会社を知らないんじゃないかと思ったりもしたくらいで、あまりにも世の中を知らなすぎるのも良くない。

だからこそ、まずは第一志望でもそうじゃなくても、働いてみるという経験は大事だし、働くことで自分がサラリーマンに向いている人間なのか否かわかるはずである。

そこに気づくのが遅れると、かなり大変なことになるかもしれない。私は何かを目指しても、社会の受け皿としてサラリーマンとして働けると思っていた。だが、そんなことはなくて、たとえ中小企業でも入社するのは縁がないと難しい。

だが、そういう意味では人手不足の昨今はかなり就職がしやすい。リーマンショックやバブル崩壊のときに就職する人たちとは雲泥の差くらい、就職しやすいと思う。だが、それは自分に合う会社を見つけにくいということを意味するかもしれない。

最近の若い奴はすぐやめるとは言われていても、昔からそれはそうで、結局ほかにチャンスがあるなら、現状を打破したいと思うのは自然なことだと思う。特に若いときは何も社会を知らずにとりあえず就職したのだから、そうなってしまうのは当然だろう。

だが、ある程度の自分の好みみたいなものは反映されているので、転職したとしても、そこまで大きく変わることはないと思う。職人とか料理人とか芸能界に入るなら別だが、転職の材料は前職しかないので、それが参考にされると似たような業界や仕事にしかいられなくなるというのもある。

あまりまとまっていないが、とにかく自分の人生だと考えすぎるのもよくない。目の前のチャンスを逃さないようにとりあえずやってみる精神も大事で、それが自分にとって人生が楽しくなりそうなことなら尚更である。

もっといろんなことにチャレンジしていた人生だったら、自分はもっとかわっていたのかなぁと思う。今はもう何も楽しいと思えることがないし、不安も多い。また、この感覚が変わってきてくれると嬉しいが、私の年齢を考えてもこれから急激に人生が向上していくこともなさそうではある。

20代30代がんばったひとは40代絶対楽しいとYOUさんが言っていた。そうなんだと思う。自分は何もしなかったから、何も実らなかったということだろうか。30代で楽しくなかったら、おそらく40代でも楽しくないと思う。

もっと人のつながりができるような仕事に就けばよかったなと思ったり、結局そんな理想に思っている仕事についても、すぐ辞めんのかなと思ったり、私の人生は芯も情熱もないものになってしまった。

新入社員の人はがんばって仕事で成果を上げたいとおもっているのか、とりあえず入社して、金稼いで安定して自分の好きなことをしたいと思っているのか、どちらにせよ正解だろうし、きっと何か頑張ろうと思って、体がそれに対応しているうちは、何も問題ないしきっと良い未来につながると思う。



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