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人物造形のヒント③ 台詞と心情にはズレがある

この台詞、たまんないわー…。

書き手なら経験すること一度や二度ではない、この瞬間。せっかく思いついたこんな素敵な台詞ですけれども、活かしきれず四苦八苦すること、ありませんか? 頭にはバッチリシーンがあるけど、これをどうありありと再現したものか…や冷静になろうこんな場面、文字で表現なんて、そもそも無理じゃね…?

はいはい! 今回は…ロマンチシズムとリアリズムの不思議なミックスがクセになっちゃう(はず)、こんにちは世界作品における台詞周りのリアリティの秘密について、お話します。いえね秘密ではないのですが、意識するとぐっとリアリティが出るので、どうぞ、気を付けてみてくださいね。

などと言いつつ、いきなり秘密の鍵をお渡ししたいと思います。てか、既にお渡ししてあり、これ以上に言うことはないかも…そう、「台詞と心情にはズレがある」。これね、頭に叩き込んでおいて損はないです。毎回のとおり、では深々と、思考と実験の旅に出てみましょう…。

書いていてつい、忘れていませんか。

基本的に、人は本心をはっきりとは語らないんです。語らない時もあるし、語れない時もあるし、語ったつもりの時もあるかもしれません。とにかく、私はこう思っている、と完璧に言葉になることは、ないと言っていい。

自分で書くとついつい、その辺を意識せずに情熱に駆られて独りよがりに邁進してしまうのですね。台詞ってパンチがありますからね、動作と動作の隙間に登場人物が思ってそうなことをグサグサ書き入れて、場面構成したつもりになってしまう。ですが翻って考えてみると、心というのはもっと含蓄のあるものです。…よね?

学校の国語の問題で「傍線①とあるが、この時のアカネの心情はどのようなものか、25字以内で述べよ」とやられて、それが言葉になんねーから、小説なんていう表現形式がわざわざあるんでしょうが、はぁ。と、うんざりした経験は? 読み手の感性をバカにしないでください。25字で説明できるような心情を求めているのでもなければ、読んでいる心情を30 に満たない感情分類のどこかに入れたいわけでもない。読み手は知らない誰かの気持ちを「説明」してほしいんじゃないんですよ、自分の心の動きでもって、人の心の不思議を「解明」したいんです。こと心の分野に関しては(読み手の経験値にもよりますが)分かりやすさに対して抱かれる浮薄感、分かりにくさに対して抱かれる不信感というものがあります。登場人物と必ず一対一対応で使用されるト書きは、一種のリトマス試験紙のようなもの。ここで心を描けないと、登場人物が生きてこない。書き手が思っている以上に、ト書きというのはその作品の試金石になっています。人物の声を拾う場合には必ず、魅せ場が来たぞと襟を正してくださいね。

はい、つまり、登場人物の発言というのは書き手がさくさく書いてゆくよりもずっと複雑な現象であり、分かりやすく書くことが必ずしも求められない、反面、真に迫っていないと面白くない、という、読みの実際があるわけですね。

これを叶えるために書き手が念頭におくべきこと、それが「台詞と心情にはズレがある」なんです。外面のせいかもしれないし、自尊心のせいかもしれないし、言語能力のせいかもしれないし、不器用な性格のせいかもしれない。とにかくどんな発言も、ごく特別の場合を除けば「思っていること≠言っていること」ですし、「言っていること≠伝えたいこと」なのですね。

ここなんですよ。

「思っていること≠言っていること」。

「言っていること≠伝えたいこと」。

基本として、台詞と心情にはズレがあるんです。「思っていること=言っていること=伝えたいこと」というのは、物語の上ではとっておきのカードなんですね。書いていると、自分で全部考えているのでついついそうなっちゃうんですが、これは本当の本当に登場人物の心が通じ合うシーンのために、大切にとっておくべきです。難しいもので、あんまり頻繁にやると全体におめでたい人たちみたいな印象を与えてしまうし、全然やらないと小説的なカタルシスがないから、読み手の感興が平坦になる。確かに難しいところなんですが、とっておきのカードだということは絶対に、心のどこかに置いておきましょう。

いったん丸めます。

「思っていること」「言っていること」「伝えたいこと」この三点の違いを、いわば基本三原色として、総天然色の登場人物を描き出す。これが、台詞周りの書き手の基本姿勢です。この三点を意識するだけでぐっとリアリティが出ますし、これらのズレを上手に利用して機微をしっかり書いておくと、「本当の本当に登場人物の心が通じ合うシーン」がすごく深くなります。そうです、そこまで、もどかしい思いを登場人物と共有してきた読み手はまるで、奇跡の瞬間に居合わせたような気持ちになる。ドラマが足りない…あるいは、ドラマチックすぎてうるさい…そんな時はここの調整ができていないのかも。推敲してみてください。



ここで終わると短く、足すと長い…気がする。

いいや、足しちゃえ。 ←

今日のポイントは「台詞と心情にはズレがある」でした。概論はここで終わり、もう少しお付き合いできるかたはぜひ次の段からも、お読みください。もうちょっと具体的に踏み込んでみようと思います。1.は台詞と気持ちのズレの書き込みが甘いパターン、2.は台詞と気持ちが完ズレしてるパターンですね。

1.一致しすぎてるし、説明しすぎてるし、更に言えば浅い

「そうですか…」

藤田は悲しげに目を伏せた。

この「…」「悲しげに」「目を伏せた」です。なんか、普通に見えるでしょ。チコちゃんに叱られちゃいますよ! 問題あるんですよ。だって、せっかく台詞に含みを持たせたのに、直接的に感情を言い当てたうえ、間接的に気落ちの表現まで…。たぶんですが、せっかく心が繊細に震えるシーンなのに、重ったく、くどく、情感が薄くなります。薄めてどうする。こういう場合、台詞は諦めるか、悲しげに言っているとわかるように、しかし悲の字を使わずに、何かしらの創意工夫を施したほうが情感が高まります。情景を入れるとか、「目を伏せた」の代わりに緻密な描写を入れるとかですね。もちろん、ここで藤田の心の機微を読み手が汲めるよう、ここまでにしっかり読み手の心を開いておくのも大事。推敲時、この場面に目を通して、書いたつもりより情感が少ないようであれば、準備不足です。言いましたね、台詞周りは書き手の魅せ場! 努力を怠ってはいけません、ここでこんなふうに呟く藤田の人柄について、読み手の共感を得るようなエピソードが事前に投げ入れられているかを、必ずチェックしましょう。

とはいえこの心理的畳語、次のように、ズレを大きくしたい時にコントラストで使用される時もありますね。

「そうですか…」

藤田は悲しげに、涙で潤みかけたらしい目をさっと伏せて、声も出ないというように口元を手で覆った。慰めの言葉を探しながら改めて藤田を見た透子は、目を疑った。藤田は、笑いをこらえきれずに、震えていたのだった。

ふふふ藤田、どうした…?! こういうズレですね。これはエスキースというか、あまり詰めていませんが、藤田のわざとらしさを際立たせるために前半をもっと大袈裟にしてもいいかもしれないし、巧妙さを際立たせるために前半の「悲しげに」を丁寧に描いてもいいかもしれない。…いいですね、膨らみますねぇ。

あるいは、

「そうですか…」

藤田は…悲しげに…? ぽつりと呟いて、目を伏せた。

ここまでがっつり入れ込まなくてもいいですが、藤田の心理が全く読めないために主人公が藤田を観察しているような段を近隣に設けることで、単純や冗長から脱することもあるかもしれませんね。心理の汲み取りをすっぽり推測の範囲におさめることで、台詞の現実味を浮かび上がらせる。こう来るとまた膨らんできます、台詞を考え直したくなるかなぁ、もっと藤田っぽいのに差し替えたいな…等々。そう、これも忘れないで欲しい、台詞は物語世界の「客観的事実」なんです。単純に、事実なの。だから心との絶妙なズレによって陰影を作ることで、やっと奥行きや厚みが出るのですね。

おまけ。藤田が主人公の場合のバリエーション:

「そうですか…」

藤田は弱々しい声音で、悲しげに目を伏せてみせた。馬鹿馬鹿しい。早く帰りたい。

ええ、ルールばっかりで嫌になるようでいて、必ずルール違反を逆手に取った裏技があるのが、物語の技法。しかしルールを知らないのでは違反に気づきようも、違反を逆手に取りようもない。ぜひよく学び、おおいに楽しみましょう。

2.言わないはずのことを言わせても…

次にいきましょう。あれ? その台詞…なんか浮いてません…? というパターンです。

ええそうですとも、素晴らしい台詞ですよね、ぜひとも人生で一度くらいは言ってみたいか、言われてみたい台詞に違いない。しかしながら、それを言っている登場人物を、きちんと眺めてみてください。それ、登場人物が言いそうなことでは、ないのでは…?

言いたいこと、言いたいように言わせられるから、書いてて面白いんじゃん。

ま、ですねー…。しかしながら、読んでもらおうとして書いているならですよ、果たしてそれが書く人だけでなく読む人にも面白いのか? についても一応、考えないとなのですよ。

キャラぶれしない安心感が読者の集中を形成することについては前回述べました、作者の声を乗せた台詞の投げ込みは、キャラぶれ要因の筆頭格。登場人物に口寄せさせるのは特権濫用! ト書きが誰の台詞かわかんない問題も従姉妹というか、このような意識の浅さから発生します。声の本当の持ち主には敏感になること。安易にキャラぶれしない。ね。お気をつけください。

ではどうするのか。

今回のポイントである「台詞と心情にはズレがある」に戻りましょう。その登場人物には考えがあって、その台詞を言うことで何かを伝えたい、あるいはそんなつもりがないのにポロリとその言葉が出たのかもしれない。台詞というのはそういう立ち位置の表現でした。そういった登場人物の背景・性格や場面の状況と、当該の人物の台詞に、あまりにも食い違いがあると、一気に文脈も説得力もなくなってしまいます。「思っていること」「伝えたいこと」が感じられるような書きぶりになっていますか? また、それらのバランスは取れていますか? 取れていなければ立ち戻って推敲! 取りようがなければ、残念ですが、どこか他の機会に使えるよう、ネタ帳にメモって、ここはスルーしましょう。仕方ない。

いえいえいえいえ無理無理無理。無理。この台詞は、これは絶対に、ここ。

むぅ。そう来ますか。ええ、わかりますよ、そういうのに限って書き手的に、欠かせないんですよねー…。うんうん。

では答えを言います。思い切ってプロットを立て替えるか、その台詞を言うのを別の人物にすげ替えましょうか。はい手を止めない、周回遅れなんです、さくさくやる。書きかえあるのみです!

え…?

え…? て、だって、絶対にそこに欲しい台詞なんだけど、でもその人物がそこでそれを言うのは、違和感があるんですよね。その違和感、とってもとっても大事ですよ。あなたの「なんとなく」は読み手の「かなり」。自分でも違和感があるのに、それに目をつぶって読んでもらおうとするのは、そうですねあまり、おすすめできません…。

さっそく、振り返って。ね、その台詞までの道のりをみてください。あなたは今まで書いて書いて、書いてきて、それで、これは絶対にここ、と思っています。それってすごく大切で、これは台詞でなくともそうなんですが、いま、物語の核心にいるわけです。つまり、意識できていなかったテーマを、ついに見つけているのです。今までそれに気づかずに書いていたのなら、もう一度初めからテーマに沿って調整する必要がありますよね。もし、薄々気づいていたなら、ぼんやり埋めていたところを、きちんとピンで止める作業もある。それが調整というよりは書き直しになったとしても、いちばん使いたい台詞が活きているなら、物語は失われません。だってそこまで重要な台詞ならば、その場面のために、より正確にはその場面の強烈な印象のために、物語全体が編まれているはずですから。

変えれるわけないって。他は他で必要なの! 

ね。ただ、私はパワー読み手でもあるので敢えて言わせてもらいますよ、書き手が自分の話を完全掌握しているかというと、意外に、というかほとんどの場合はというか、とにかくそうでもない。ですので、プロット時点・キャラメイク時点で、物語について書き手自身が誤解していた可能性というのを、書き手は持っているほうがいいと私は思いますね。書き手はいちばんうまく書けているところに合わせて、様々のことを気軽に変えてしまっていい。物語を変えるのではないのです、書き手がより物語に近づくんです。

努力への執着や個人的な趣味から、混乱したままの書き手が混乱した場面を残したまま「まあいっか、分かってもらえるっしょGO!」すると、当然ながら完成品を想定している読み手を混乱させ、失望させてしまいます(つらみ…)。まあ書き手もね、それくらい気軽な気持ちでいないと、チマチマ直して首を傾げるに留まり、推敲が全っ然捗らないのですよ…「おかしい、名作なはずなのに」? ええ、どんな小説だってね、名作なんですよ。ちゃんと推敲すればね…!

あれです、書き手の心理というのは面白いもので、書いて読んで書いて読んでするうちについつい、読み手になっちゃってる時があるのですね。まるで物語がそこにあって、もう変えられないような心理です。しかしながら、物語を書いているのは誰でしょう? あなたですよね? あなたはその物語を、その人物を変えることができる、世界でたった一人の人なんです。登場人物に素晴らしい台詞が思いついたけれどどうも腑に落ちない、そんな時はぜひ、頭をしっかりと抱えて、よくよく考えてください:

なぜ、この人はここでこんなことを言うのか?

次に、頭のはっきりした書き手としてもう一度、徹底的に見直してください:

この人にここでこんなことを言わせるために、自分は何を書くべきだったのか?


ひー。長かった…他は忘れてもこれだけは忘れたくない今日のまとめ:
台詞と心情にはズレがある。


次回までの宿題:
登場人物には、読者の目を引く個性だけでなく、読者の共感を呼ぶ人間味、読者に驚嘆を与えるような人間的な深みも必要です。身近さや現実感、精神的な成熟度や性格の複雑さを、その人らしさから逸れずに説得力を持って描き出すには、何が、または書き手のどんな意識が、必要でしょうか?  →答えがある宿題ではありません。これは「きっかけ」という、私なりの感謝の表現形(のつもり)です。ひらめきがあったらぜひ、教えてください!



今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。