ある魔法使いについて。

私の短いサッカー人生において、いつでも思い出せるようなゴールシーンは2つ存在している。

一つは2018年度プレミアリーグ第9節
アーセナルVSレスター
エミレーツスタジアムで行われた、今はいない10番の魔法使いがキャプテンマークを背負い、世界中を魔法で魅了した試合だった。

この話もいずれ話したいが、今から話すのはその話ではない。私が話したいのは、この10番。魔法使い、メスト・エジルが起こしたチャンピオンズリーグでの魔法の話である。

これは2016年度CLグループリーグ第4節ブルガリアの強豪ルドゴレツと対戦した試合だ。前回のホームでの対戦では、まだ11番を背負っていたエジルのハットトリックもあり6-0で勝利。勝利を手にするのは固いと私も含めて、サポーター全員がそう思っていた。

しかし流石は強豪。蓋を開けてみればアウェイというのもあり前半から2点を先制されてしまう始末。まぁ、この辺がアーセナルの魅力でもあるのだが。

ただ、ここで黙ってやられないのがアーセナル。ハーフタイムに入る前に2点を取り返し、2-2で折り返すことに成功する。

そして、迎えた後半。ルドゴレツはグループリーグを3位で終えてELに出るため、勝点を少しでも得るために引き分け狙いのゲームプランを実行する。固くゴール前を守る相手にアーセナルは点を取れないまま、時間だけがただ刻々と過ぎていく。

そんな暗雲立ちこめた88分。私たちは「魔法」に魅了される。

ルドゴレツのコーナーキックのピンチを凌ぎ、エルネニーにボールが渡る。と、同時にエジルは走り出した。カウンターだ。すぐさまエルネニーは相手DFの頭上を越すパスを出す。

抜け出した魔法使いは左足アウトサイドでボールをトラップする。何かが起こる。そんな予感を私はテレビの前で感じていた。

チャンスを迎えていたはずのルドゴレツ。急に訪れたピンチにGKは焦る。手を使えないペナルティエリア外まで飛び出し、エジルをファウル覚悟で止めに行こうとした。

エジルはそれをあざ笑う。GKの上を越す、柔らかいタッチ。ペナルティエリア外だというのに懸命に腕を伸ばすGK。それすらも届かない位置。会場のボルテージはここから加速する。

GKをかわすために使ったワンタッチは、相手DFが2人戻るのに充分な時間だった。その内の1人がGKをかわし、シュートモーションを入れるエジルに追いつく。しかし、魔法使いの魔法は消えない。そのモーションはフェイントに変わる。DFは足を滑らしかけ、こけそうになる。

エジルはまたシュートモーションに入る、今度こそは打つ。戻ってきたDF2人はそう感じて、身を削るようにスライディングする。ゴールには絶対に入れさせない。そんな気持ちが画面越しからでもひしひしと感じる。

その時、私は度肝を抜かれた。絶対に止めてやる。そんな闘争心を全部、魔法使いは打ち砕いた。

再び、そのモーションはフェイントに変わる。DF2人は置いていかれた。もう、無人のゴールにボールを転がす魔法使いをビッチに転がって見るしかなかった。

観客のボルテージは最高に上がる。テレビで観ていた私は、多分だけど泣いていた。魔法にかかった。魅了されてしまったのだ。

エジルは遠い地へ応援に来てくれたサポーターの元へ走る。膝で滑り、左手でMを作り親指を加える。魔法使いが、魔法を使った証拠だ。現地にいた観客のボルテージは最高潮だ。

魔法に1人かかった少年は今でもこのワンシーンに魅了され続けて、10番を背負うことがなくなり、アーセナルにいなくなった魔法使いを追いかけている。

そして、魔法にまた魅了されることを切に願いながらこの文を終わろうと思う。

#サッカーの忘れられないシーン


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