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中秋の名月の日に

たぶんそれは昨日まであったはずなのだが、今日の昼には跡形もなくなっていた。
私のマンションの向かいにあった結婚式場。大きくて、おしゃれで、お城みたいじゃない式場。嬉しそうな列席者の顔、部屋の窓からちょうどよく見える横文字のサイン、クリスマスのイルミネーション、みんな好きだったのに。跡地は、高齢者向けの高級マンションになるそうだ。

ビルみたいな大きなものがなくなると、とても不思議な気持ちになる。つい先日まで、そこで生活していた人があり、仕事をしていた人があり、たくさんのモノがあったはず。あれみんな、どこに行ってしまったのだろう。新郎新婦が結婚の誓いを立てたチャペルがいまはこの世に存在せず、写真やビデオにだけおさまっている。それがほんとうにあったかどうかさえ、もう誰も証明できないのではないか。

ビルが消えたときに生じてくるこの虚無の感覚は、昔の写真を見るときのそれに似ている。30年前にあったお店はもうないよ。昔はこの道路、舗装されてなくてね、じゃり道だった。このひと、もうこの世にはいないんだね・・

写真の中のそのひとは、いつもの服を着て、いつもの我が家にいて、いつもの笑顔でいるから、いなくなったことのほうが嘘なんじゃないかと思ってしまう。深夜の、静かで心ぼそくなる時間帯。こんなことを考えていると、喪失感に飲み込まれそうになる。

せっかくの名月の日だから、西に傾きはじめたおつきさまを眺めよう。

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