小林くんのエプロンが燃えた


#私だけかもしれないレア体験

SNSを見ていたら、「今の小学生の家庭科で使うエプロンの柄や裁縫セットはこんなのらしい」というのを目にした。
自分たちが小学生の頃の裁縫セットと比べるとかなりの進歩で、今の子供はいいなぁと思った。
そしてふと、”家庭科”で思い出す話がある。
中学生の時の話だ。

中学二年生くらいの時だったような気がする。
家庭科の授業で班のグループに別れて調理をする授業だった。
その時何を作ったのかは忘れた。
ただ班のみんなで何かしらの調理をする授業だけは覚えている。

当時同じクラスに小林くん(仮)という男の子がいた。
同じクラスに小林くんという苗字の男の子は二人いて、活発な方の”小林”と、大人しい方の”小林”、という認識があった。
そして、大人しい方の小林くんは、本当に大人しくて、大人しすぎて「小林くんの喋っている姿を見た者がほとんどいない」というのも現状だった。
別にいじめとかされているわけではなく、ただ単に彼は大人しいというだけだった。

私は同じクラスでもあり、その大人しい小林くんと授業で同じ班になった時とかに接触する機会があったので、会話を働きかけてみたのだが、彼との意思疎通が図れるのも、YES,NOの意思表示のみで、こちらから「~~かな?」と問いかけて、彼が首を縦に振るか横に振るかで意思疎通を図っていたのである。
それくらい小林くんは大人しかったのだ。
クラスも、彼の意思疎通の仕方を追及したり、批難することも無く「彼はただひたすらに大人しい人」という認識だけで、それなりにクラスで過ごしていた。

そんなひたすら大人しい小林くんが主役になってしまう出来事が家庭科の授業で起こるのである。
家庭科の調理実習の時間だ。
一体何を作ったのかは本当に忘れてしまったのだが、クラスで家庭科室に移動し、各班ごとで調理をするのである。
確かお菓子とかじゃく、本格的にごはん的なものを作りましょう、だった気がする。
各班ごと、協力して役割分担をしながら調理をしたり、食器を用意したり、後片付けをしていた。
そして調理をやり始めて、そろそろ調理時間も終わる頃、事件が起きたのである。

「先生! 小林くんのエプロンが燃えてます!」

突然、一人の生徒が叫び出したのである。
突然の叫びに、クラス中がざわめいた。

”エプロンが燃えている。”

ただごとではない発言に、家庭科室にいる生徒達が、一斉に叫んでいる班の方へと注目する。
注目の目線の先は、家庭科室の一角。黒板前の机の班に、大人しい小林くんがいる。

するとどうだろう。

机の隅に立っている小林くんのエプロンが燃えていた。
ただ静かに小林くんのエプロンは燃えていたのだ。

燃えている、というとボウボウに炎に包まれて燃えていると想像するが、実際の燃え方というのは、さながら虫眼鏡を太陽光に当てて紙を焼く風景のような燃え方だ。
小林くんのエプロンのお腹部分がじりじりとゆっくり燃え終わっているという状態だった。火柱は上がっていない。
火や煙こそ上がっていないものの、小林くんのお腹部分は、焼け焦げてティーカップソーサーくらいの大きさに穴が空いていた。

その時小林くんが着ていたのは水色のボーダーがバックのドラえもんのイラストがプリントされているエプロンだった。
小学校の家庭科の時間で作ったであろう手作りのエプロンだ。
そのドラえもんの顔が可哀想なくらいえぐられるようにごっそりと燃えてなくなっていた。
何故か不思議なことにエプロンだけごっそりと燃えていて、その下に着ている服には一切燃えていなかった。
それにしてもエプロンが燃えてもなお小林くんはいたって普通でいる。

思わず、

君エプロン燃えたんだよ?
エプロン燃えてるんだよね?
ドラえもんの顔なくなってるよ。
などと、突っ込みたいことは沢山あった。
けれど、あまりにも何事も無かったという風貌の小林くんと、そのテンションに反した周りの騒然にかき消されてしまった。

当時中学の担当の先生も慌てて近寄って来て、小林くんの心配をしていた。

「小林くん大丈夫!? 熱くない!?」

先生が慌てて小林くんを心配していたが、エプロンが燃えていたのにも関わらず、当の本人はリアクションが全くなかった。
不幸中の幸いにも、その時エプロンが燃えただけで、本人に怪我や火傷は一切なかった。
季節が冬でもあったので、小林くんの服装が厚着をしていて助かったのではないだろうかと思っている。

何故このようになったのかというと、調理実習の時間、各班ごとに手分けして作業をしている中、手持無沙汰になった小林くんは、主に班の中で”見張り役”のような役割をしており、ガスの近くに立っている時に、エプロンがじわじわとガスで燃やされていたようだった。
小林くん本人も気が付かないままドラえもんのエプロンはじわじわと燃えており、それに気が付いた班の生徒が慌てて叫んだ……という流れのようだった。

クラス内はざわめき、先生も「みんなもガスの扱いには気を付けてね!」と注意喚起をする。
周りも小林くんの一件もあったために、その後ガスの扱いには慎重になった。

この小林くんのエプロンが燃えた件が起き、心優しいクラスメイト達が次々に小林くんを心配した。
小林くんに「大丈夫?」「怪我無かった?」「火傷してない?」など、小林くんを労う言葉などをかけていた。
普段大人しく、存在感を消しているくらいの小林くんだったが、この一件で一気に注目を浴びることとなった。
心配の声を複数貰い、小林くんも首を縦に振るのも限界だったのか、その時ばかりは一言、二言「大丈夫」「うん」などと返事をしていた。

小林くんのエプロンが燃えて一時は騒然としたが、怪我も火傷もないということで、小林くんが保健室に行くことも特別大きなこともなかったので、そのまま調理実習は実行された。
何事も無かったかのように調理実習も終わり、また普段通りの生活に戻ったのだ。
その上このことについて、定期的に話題が出ることも特になかった。
今あの現場に居合わせたクラスメイトや小林くん本人がこの件を覚えているのかもわからない。
それでも、私は何故かあの大人しい小林くんと静かにドラえもんのエプロンが燃えたことが妙に印象に残っている。

今になって思うのだが、エプロンが燃えてもなお一切のリアクションもない彼も凄いがまた、燃える様子も彼の性格のようにじりじりと音も無く燃えていたことも凄いと思う。

余談だが、高校も一緒だったこの小林くんは高校になったら人が変わったように以前より喋るようになっていた。
性格も一変して一体どうしたんだろうというレベルになった。
高校では彼とは同じクラスになることもせずに卒業したのだが、彼の姿を見る度に、ドラえもんのエプロンが燃えたことを思い出していた。
また、家庭科の思い出となると必ず思い出すのもこの小林くんのエプロンが燃えたことと一緒に思い出してしまう。
「先生! 小林くんのエプロンが燃えています!」という生徒の叫びのインパクトも強烈過ぎて忘れられない。

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