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【旅行記】微魔女の微ミョーな旅・寄り道

1.ヨルダン、イランー2016年 (1)ヨルダン
 ロックダウン中の出来事
 
2020年、オ―ストラリアもコロナ感染症に伴う非常事態宣言が発令された。今でも忘れない3月12日、当時の首相モリソンの「この未知なるウィルスと全国民を挙げて戦おう。そのために政府は我々の国民をサポートします」との頼もしいスピーチを合図に、国境封鎖やロックダウンなどさまざまな規制が始まった。日本が東京オリンピックの開催に右往左往していた頃だ。私の住むメルボルンは足掛け2年、途中で何度か解除はあったものの世界最長のロックダウンを経験することになる。
 
 さて、2度目のロックダウンに入ってすぐのある晩、メッセンジャーで繋がっていたサエルから突然メッセージが入った。彼とはヨルダンで会って以来、新年の挨拶をする仲になっていたので季節外れの連絡に違和感があった。内容はヨルダンの国境封鎖によって観光業界が大打撃を受けたこと、自分もガイド職を失ったうえ、早々にコロナに感染し未だに後遺症に苦しんでいること、非正規雇用だった奥さんも教職を失ったこと、銀行の借金返済が来月に迫っていること、政府は公務員しか援助しないこと……。そして最後に「いくらかお金を送ってもらえないだろうか」というものだった。
 真っ先に頭に浮かんだのは“アカウントの乗っ取り”で、サエルを騙る誰かが私からお金を盗もうとしているのではないか。第一、なんで4年も前に会ったきりの“お客”の一人にお金を無心するのか。ただ、もしもイスラム教徒であるサエル本人であったならば“困っている人を助けるのは当然”という彼の信念を旅行中にさんざん見てきたので、“救援要請候補者リスト”の下の方に名前がある私に連絡をしてきたのかもしれない。それほど困っているということなのか? 
 逡巡しているうちにサエルから写真入りでメッセージが送られてきた。本人に間違いなかった。
 「オッケー、こっちもコロナの後に何があるかわからないからそんなにたくさんではないけど、お金を送りますよ」
 友達は反対、家族は賛成こそしなかったが“ヨルダンでお世話になったお礼がしたいだけ”という私の気持ちを汲んでくれた。日本帰国直後、お礼のつもりでサエルの家族宛てに送った日本のお菓子や小物類は住所変更で戻ってきたままだった。その代わりならば騙されたとしても納得がいく。ましてやそんなに大金を送るつもりもない。家族3人の1週間分の食費程度なら私の懐も痛まない。
 早速翌日、ロックダウンで静まり返った商店街にある郵便局内のウェスタン・ユニオンを使って日本円で3万円ほどを送金することにした。銀行間送金ではなく現金送金にしたのはセキュリティー対策からだった。ところが、ほぼ瞬時に届くはずのお金は何の手違いか送金されず、ウェスタン・ユニオンで止まったままになってしまった。
 まずはキャッシュを取り戻し、新たに送金しようと思ったものの、近所の当該店ではシステムの不具合で返金も送金もできない。メルボルンではすでに半径500メートルまでの外出制限が出ていたので、遠くにあるほかの代理店まで行くこともできない。サエルに状況を説明すると理解をしてくれたわりには、窮状を訴えるメッセージが毎日延々と送られてきたり、授業料が払えなくなりそうな私立校生の娘の写真が送られてきたりして、3万円程度では文句すら言いかねないのではないかと不信感を抱き始めてきた。そして、きわめつけだったのが、緑内障が見つかって治療をしないと失明するかもしれないという、レントゲンと診断書付きのメッセージで、ここまでされるとドン引きどころか胡散臭さまで感じてしまい、結局、ウェスタン・ユニオンからの返金はお財布に戻し、改ためて送金することもしなかった。そしてサエルからのメッセージは一切無視することにした。
 今となっては、サエルが私の善意を利用しようとしたのかどうかはわからないが、メッセンジャーを見る限りではアカウントは健在だ。やっぱり、ロックダウンという特殊な状況下で、私自身の正常な判断力が衰えていたの……かな?

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