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春-vol.1 福田花

春の手紙


拝啓

 こちらは冬の厳しさが和らいできました。いかがお過ごしですか。
 元気ならばいいのですが。
 
「便りがないのはいい便り」なんて言葉がありますが、頷きたい一方で、納得いかない部分もあります。
 手紙には返事が欲しくなるものです。それは別の話ですか。

 春が来るように思います。

 あぜ道を通ってたどり着く、田んぼの横に流れる小川をよく見に行きます。天気がいい日だけです。自転車で行きますから。
 そこで色褪せた草の間に、確かにいぬふぐりを見ました。色を落としたような周りの草にはあまりに合わない青色をしていました。
 いぬふぐりは好きです。小さくて控えめに見えます。でも、青色です。宇宙の色が薄まって見えるものの他に青色が自然に馴染んでいるところはあまり見ません。
 青色の花もあまり見ません。
 でも私は綺麗だなと思います。

 草の上に座って川を見ました。ここの川は浅くて、あまり魚は見ません。よく目を凝らせば見えるでしょうか。魚のことはよく知りません。こんな小川にも魚は棲むのでしょうか。今度教えてください。

 このあたりは車通りが多いです。田舎の抜け道と言ったところです。でも、誰も私に気が付きません。気分がいいです。田舎の道なんて人を見つけてしまう方がなんだか怖いように思います。私が、その、見てしまったと思わせていたら面白いなと思います。

 遠くに見える男体山はまだ雪がかぶっているようです。頭が白くなっています。山は四季の流れが少し遅くて、私が住むところよりもずっと寒くて、どんな時間が流れているのでしょう。あのてっぺんに積もった雪はどのくらいの時間をかけて私の目の前を流れる小川にやってくるのでしょう。海まで届いて、またあの山に戻ると思うと、私もそうだったらいいのにと思います。

 鳥がたくさんいました。スズメとカラスがほとんどだったように思います。信号機とその周りの電線に並んで日向ぼっこをしていました。確かに、風も雲もないよく晴れた日だったので日向ぼっこにはうってつけでした。
 スズメは首をすぼめてまん丸になっていました。なぜ、小さくて丸いものはたいてい可愛いなと思うのでしょうか。両手で包めるからでしょうか。なぜ自分がスズメを可愛く思うのかわかりません。でも可愛いなと思います。
 カラスは怖いです。威張っているように思います。人間が威張りすぎなだけでしょうか。

 
 桜の蕾はまだ柔らかくはなさそうです。いぬふぐりに喜んだところですから。
 つくしもまだ見ていません。
 でも、緑色が少し明るくなってきたかなと思います。
 春の緑は、夏の彩度よりは低いけれど、冬よりずっと鮮やかに見えて好きです。冬の静かな緑も好きです。緑色はいつでも綺麗です。

 町の匂いが変わりました。少しだらしない匂いです。
 冬の緊張が解けたのです。
 虫や芽が目を覚ましそうです。いぬふぐりが一番に教えてくれました。

 春が来ます。

敬具

2022年3月2日
福田花



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