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夏-vol.7 福田花

花の喫茶日記
釜川沿い 「朴花」


 ひと昔前は街のホットスポットだったオリオン通りはいつのまにか居酒屋だらけの商店街になってしまった。昔ながらのお店もちらほら見かけるが、目に飛び込むのはシャッターが閉まった店と派手な入り口のチェーン店ばかり。私より10年以上も早く歳を重ねている人は皆、昔はすごかったんだと口を揃える。

 そんなオリオン通りが一年に一度、一気に華やぐ日がある。それが毎年8月に開催されてきた「ふるさと宮祭り」である。いつもは閑散としたオリオン通りには足元が見えないほど人がごった返し、数えきれないほどの屋台が軒を連ねる。大通りにはお神輿が通り、いつもは静かな二荒山神社の前にも人が集まる。浴衣や甚平を着た人や、いつもよりお洒落をしたであろうという人、ふんどし姿にねじりはちまき、法被を纏う人。それぞれ思い思いのおめかしをして、町中から人がやってくる。
 小さな頃から中学生くらいまで毎年のようにその祭りに行っていた。文字通りのお祭り騒ぎに心躍らせ、夏休み中に久しぶりに会うだろう学校の友達に少し緊張しながら、少し背伸びしたお洒落といつもは持たないバッグを持ってみて、浮かれた足取りで向かった。
 夏の宇都宮はよく夕立が来て、その度に雷が鳴る。宮祭りにも毎年のように雷様(らいさま)がやってくる。短時間ではあるものの、大雨にうたれる。大きな雷が鳴り、ビカっと空が明るくなる空にいつも通りだなと笑顔さえ出る。今年こそは、と傘を持たずに行ってしまうとびしょびしょになって、そこまでが宮祭りだなと思ってしまう。
 そんな宮祭りが去年はコロナの影響で中止になった。今年もオリオン通りでやる大規模な祭りは中止、ローカルテレビのとちテレやYouTubeの配信という形で規模を縮小させながらもやるというようなことを知ったが、どうだったのだろうか。そんなこんなで去年と今年の2年はオリオン通りで宮祭りは開催されなかった。居酒屋をはじめとする飲食店は時短営業や休業を余儀なくされ、例年よりもさらに静かなアーケード街となっている。高校生くらいから宮祭りへの足は遠のいてしまっているが、街一番のお祭りがないのは寂しいものだ。

 オリオン通りから一本外れた釜川という川が流れる道沿い(通称、釜川沿い)は、なんともゆったりとした時間が流れている。東武宇都宮駅からオリオン通りを歩き、大きな交差点を過ぎたら右手のその川沿いに入ることができる。街の人の増減に左右されない静かな道が続く。少し歩くと、川を挟んで向こう側には黄色が目立つ“フィナー新宿”。そのちょうど反対側、歩いてきた道の左手には「朴花」という大きくない看板がある。レンガ造の壁、2階には出窓が3つ。その出窓のある2階部分が喫茶店“朴花”である。

 友人とヒカリ座で映画を観るために東武宇都宮駅に集まった。私のミスで開演時間から5時間近くも早く集合してしまった(しかも私は電車に間に合わず30分の遅刻)ため喫茶店で時間をつぶすことにした。そうしてまず初めに向かった先が“サンバレー”だった。しかしその日はお店が開いておらず、(喫茶日記サンバレーの回)
https://note.com/heliporters/n/nde4807733f30

行ってみたかった“フィナー新宿”へと向かった。かなり派手な店構え。黄色地にでかでかと「SNACK フィナー新宿」と書かれた看板にお呼びじゃないかもなと日和ったが、開演時間のミス、遅刻に加え、紹介した店に入れずと、かなりミスをしていたため、また一から店探しはできないなと思い「BC Brazil Coffee」の置き看板だけを頼りにお店のドアを開けた。店構えとは裏腹にお店の中はアットホームな雰囲気。常連らしいおばさまがマスターらしいおじさまとおかあさんと話していた。壁には美空ひばりのポスターが飾ってあり、それになおのこと安心した。広めの席に座りコーヒーを頼む。タバコを吸いながらコーヒーを飲んで友人と話をした。入ってみるもんだな、と思った。映画の上映まであと2時間ほど。幸い、会話は尽きなかったがその喫茶店にあまり長居するのも悪いなと思い、店を変えることにした。

 店を出て、歩きながら次の喫茶店を探す。だいぶ散歩をすることになるのだろうと思っていたが、川を挟んで向こう側に珈琲の文字を発見。控えめな看板に「朴花」の文字。茶色のレンガ造りの壁。2階には出窓があり、その奥に観葉植物らしい緑とオレンジ色の光が見えた。歩いたことのある通りなのに毎回見落としていた。それほど静かな釜川沿いに建物が合っていたのだ。一度気づくとその素敵な外観と佇まいに引き込まれた。
 お店は二階のようで、階段を上る。手すりはなんだか上品だ。右手にこげ茶色の木のドア。真ん中がガラス張りで「珈琲 朴花」と書かれている。入る前からお店の中が見えるのは少し安心する。どんな椅子やテーブルがあって、どんな人がいるのか、それがわかるだけでなんとなくお店の雰囲気がわかる。ほっとしてドアを開けた。
 店内にはカーブを描いたカウンター、椅子はたっぷり7席。2人掛けのテーブルと、5人分の椅子があるテーブル。その大きなテーブルに通された。2人では持て余す、5人ではやや狭いといった感じ。3人で座るくらいがちょうどいい席だなと思った。わたしが座った席の背中にはアップライトピアノが置かれ、その上にクリムトの「接吻」が飾ってある。椅子は全て統一されたデザイン。床もテーブルもカウンターも椅子も壁のふちも、近しいこげ茶の木でできている。壁には漆喰が塗られており、木の色とよく合っている。天井には電球よりも二回りくらい大きく丸く窪んだソケット。埋め込まれた電球が優しくその窪みが光を拡散している。つるされたライトはテーブル席の上に1つずつ。花びら形のガラスが円を描くドレスのように8枚繋がっている。出窓には外から見えた植物がいる。多肉植物や花が咲いたものなど名前の知らない緑がぎゅっと並んでいる。
 入口近くには数えきれないほどの本がぎっしりと詰まった本棚。そこから一番遠い壁はショーケースのような棚になっており、30以上のセットのカップとソーサーが並べられていた。
 細やかなところを見ると上品だけれどお店の雰囲気はとてもカジュアルでとっても居心地がよかった。さっきコーヒーを飲んだので、友人はアップルティー、わたしはレモネードを頼んだ。またタバコを吸って話を続きをする。ゆったりと時間は流れ、映画の上映時刻が迫ってきたので店を後にすることにした。友人が会計をしてるときに本棚を覗いていたら朴花のお母さんが好きなの持ってっていいよと言ってくれた。かなり迷ってカミュの『幸福な死』を手に取った。銀のカバーの中身は陽にやけて茶色くなっていた。どれくらいこの本棚にいたのだろう。

 うっかりしていつから朴花をやっているのかを聞くのを忘れてしまった。それから何度もこの喫茶店に訪れて、本を読んだり詩を書いたり、大学在学中には卒論を書いたりと大変お世話になっている。今度行った時にはこのお店の歴史を聞きたいなと思う。

 初回の喫茶日記で書いたように自分の居場所を探すように県内、特に宇都宮市内の喫茶店を探している。グーグルマップでは見つかるお店も、実際に足を向けると閉店していたなんてこともしばしば。ツイッターで「宇都宮 喫茶店」などと調べてみたり、誰かのブログを頼ってみたりといろいろな方法で喫茶店を探してきたが、この朴花は見つけだせなかった。街を歩くと、それぞれの建物に個性があることを知る。地図上で見るだけじゃ気づかないことを私の体が気づくのだ。何がどこにあってどんな評判でというのが手の中でわかるようになっても、やはり自分の足や目や鼻、手が、もっと街を感じていくのは楽しい。インターネットだけでは見つからない素敵な場所を自分の足を使って見つけていきたい。

朴花





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