インヴァネスへの招待

インヴァネスへの日帰り旅行を提案されたのは前日のユニオンスクエアでの別れ際だった。僕は久しぶりの休日をゆっくりすごすつもりでいたのだが、なにやらアレシアとアブスはインヴァネスにあるネス湖について話し合っていた。インヴァネスを知ったのは大学三回生の、シャーロックホームズについてのプレゼンをした時だった。シャーロック・ホームズが着ている長い丈に尖った襟のコートはインヴァネスコートと言われており、その由来はスコットランド北部のインヴァネスにあるのだ。
その会話の矛先が僕に向くことは最初から分かっていた。アレシアも後ろを歩いてる僕を置いてそんなひどい仕打ちはしない。
「ヴァタ、あなた明日は予定あるの?今アブスと学校の何人かでインヴァネスに行かないか話してるんだけど」
「インヴァネスって、それはまた急な話だね。」
「午前中に着きたいから、早朝にはアバディーンを出ることになると思うわ」
「明日の早朝って、じゃあもう半日もないくらいじゃないか」
アレシアは僕を適当に勧誘しているわけではなさそうだった。彼女としっかりと会話したことはまだなかったのだが、それでも僕に対してそれなりの心の開きはあるようだった。アレシアは僕よりも2週間遅れて入学した新人だというのに今では僕たちの中心メンバーになっていた。僕はインヴァネス旅行の幹事をしたりはしない。
「ちょっと考えさせてくれるかな。なにしろ急なもんでさ」
もちろん、とアレシアは言った。僕はこの時点ではずるずると引き伸ばして欠席するつもりでいた。その大きな理由が、アブスが参加するかどうか分からないことだった。アレシアは僕より先にアブスに声をかけていたが、彼もok行こうと即答はしていなかった。ジュジーとアレシアと別れたあと、アブスと2人で帰っているときに聞くと「多分行くけどね」と曖昧な返事だった。もしアブスがこないとなると、僕はアレシア、ニスィ、カミーラを相手にしなくてはならない。3人とも美人で側から見ると両手に花だが、それはあくまで日本での話だ。イギリス人は日本人男性がイタリア人、ドイツ人、ブラジル人を引き連れて歩いているのを見ても何も思いやしない。それに僕はあの3人と終日会話が持つ気がまるでしなかった。僕だけが後列で歩きお互いが遠慮をし合う両者にとってメリットがまるでない状況に陥ることは目に見えていた。


「ハイ、ヴァタ。私たち(ニスィやカタリーナ)は明日どうするかについて話し合ってるところなんだけど、君はどうする?
電車で2時間、£31でインヴァネスに着くわ」

インスタグラムのメッセージでこの通知が来たときにやはり僕を逃してはくれないか、と僕は思った。アレシアの文面からは君ももちろんくるよね?という意図が読み取れた。しかし僕は明日一日中部屋でゴロゴロしたり周辺を散歩したりして過ごすのかと自問した結果、だんだんとインヴァネスに興味が湧いてきた。僕は来週にアバディーンを出る。彼らとの旅行もおそらく最初で最後だろう。そう思うと僕はすぐにメッセージを開き行くと言った。チケットはウェブで買うからねと言い、電車の経路のスクリーンショットを送ってくれた。7:15-9:35
アバディーンからインヴァネス 乗り換えなし。
「6:45にユニオンスクエアで落ち合いましょう。それから電車とバスの時間と値段をチェックするわ」
「じゃあ僕は結局ウェブでチケットを前もって買っておく、これだけしとけばいいんだね?」
「No,no。あなたは何もしなくていいの。ただ時間通りに集合してくれればね。45分に集まるのはそれからどうするのかが一番ベストなのかを話すためよ。ok?」
「わかったよ」

つまり僕はユニオンスクエアに6:45に着くために6:20には家を出なければならない。前日に決まった割には早い集合だ。とにかく寝過ごすことはできないし一刻も早く寝てしまおう。僕は半分と少しの不安をすりつぶすように眠りについた。