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「どつぼ超然」(町田康)

今回ご紹介するのは、この本。「どつぼ超然」です。

作者は、町田康さん。
町田康さん、いろいろとおもしろい作品があるんですけど。その中でも、特にヘイヨーさんがオススメするのが、この「どつぼ超然」です。


ストーリー自体は、あってなきがごとし。ただ、熱海(をモデルにした架空の街)を散歩する。それだけ。

ところが、これがムチャクチャにおもしろいんですよ!

前回、山田悠介さんの回でお話しした、「日本語としてムチャクチャな文章」ってあったじゃないですか?

アレを、わざとやってるような人ですよ。
文法的には、そんなにおかしくないんだけど、「え?現代の日本人がそんなしゃべり方する!?」って表現がバンバン出てきます!

そもそも、主人公が自分のコトを「余」って言うんですよ。アニメの一休さんに登場する「将軍様」みたいなしゃべり方。

「余はご機嫌である」みたいにw(一人称を「余」って使ってる小説、生まれて初めて読んだかも?)


この主人公、最初は「僕」とか「私」って言ってたんですけど、冒頭の何ページかで「余」に変わっちゃいます。

なぜかというと「超然者」を目指しているから。

この「どつぼ超然」の前に「東京飄然ひょうぜんっていう作品があったんですけど。その時に、主人公は異様に串カツにこだわるわけです。お店で食べた串カツが1本足りなくて、そのコトをず~~~~と根に持ってたんですね。

で、今作で「そんなコトではいかん。超然としておれば、串カツ1本でどうこう感じるはずもない!」と思い直す。

「ほほほ。串カツが1本少ない。善哉よきかな、善哉」と笑っていられたはずだ、と。
※この「善哉、善哉」もよく出てきますw

そこから自分のコトを「余」と呼び始めるわけですね。


それで、「カガエルステーション」とか「顔の形をしたトイレ」とか、おもしろいコトいろいろ起こるんですけど…

ヘイヨーさん一押しなのは「屋台でスペアリブを買うシーン」です。

ある時、主人公は屋台で売ってるスペアリブが食べたくなります。で、屋台の列に並ぶ。

すると、自分は超然者だけど、みんなはそうじゃないから、順番抜かす奴とか出てくるわけです。そこでブチきれそうになるんだけど、超然者だから我慢して列に並び続ける。

ところが、超然としてると、どんどん順番を抜かされて、いつまで経ってもスペアリブを買えない。この矛盾に苦しむわけです。

みんなは、グイッグイッグイッと人を押しのけていくから、スペアリブが買える。けど、自分は超然者なので、まさかグイッグイッグイッと人を押しのけるわけにいかない。

さて、どうするか?みたいなお話。

ただ、屋台で列に並んでスペアリブを買うだけのエピソードなのに、ムチャクチャおもしろいんですw


以前に「中身が濃い時ほど、表現をわかりやすく」し、「内容が軽い時ほど、表現を複雑にする」みたいなお話をしたと思うんですけど…

まさに、それですよ!

ストーリーなんて、あってなきがごとし!ただ、その辺を観光して歩くだけ!だからこそ、表現は誰にもマネできないくらい独自性がないといけないわけです。

屋台でスペアリブを買おうと並んでいたら、割り込みする奴がいて腹が立った。

みたいなコトを書いても、おもしろくもなんともないわけです。
「余」が、頭の中で妄想を膨らませて「あ~でもない。こ~でもない」と考えながら必死になってスペアリブを買おうとするから、おもしろいんですw

そういう意味で、表現の勉強にもなるので、一読してみることをオススメします。

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