「文学型執筆法」と「エンタメ型執筆法」
文章の書き方には2種類あって。
1つは「文学型執筆法」で、もう1つは「エンタメ型執筆法」
「文学型執筆法」の方は、「もう、これ誰にも読まれなくてもいいや!自分の世界を構築してやれ!」と思って書く方法。
対して、「エンタメ型執筆法」の方は、「いかにして読者を喜ばせるか?」を念頭に置いた書き方です。
もちろん「狙ってないのにウケる」ってこともあるにはあるんだけど…
それは、確率的にかなり低いです。的を狙わずにボールを投げるようなもの。
なので、当然、的を狙って投げる「エンタメ型執筆法」の方が、多くの人に読まれやすいし、数も売れやすいです。
「文学型執筆法」にも利点はあって。それは「オリジナリティを出しやすい」こと。人と違ったモノを書きたいならば、こっちの方がよいでしょう(その代わり、全然読まれなくて泣くことも多いですw)
この考え方って、別に文章だけじゃなくて、当然、他の分野にも当てはまります。
たとえば、お笑い芸人が「人を笑わせようとして芸をする」ってのは、エンタメの基本ですよね。でも、あんまりにも目の前のウケを狙い過ぎると、軽くなっちゃう。だから、重みを持たせるために、適度な文学性を持たせたりするわけです。
こんなのは、音楽だろうが映画やアニメだろうがみんな同じで。「文学」と「エンタメ」両方の能力を同時に使いながら創作していくわけなんですね(ただ、人によって、どちらの割合が「高い」「低い」というのはあります)
「ジョジョの奇妙な冒険」の第2部で、「地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)」っていう油でベトベトの柱を登る修行があるんですけど。
そこで使われたのが「くっつく波紋」と「はじく波紋」っていう2種類の能力。これと同じです。全く逆の性質を持つ能力を同時に発動しないと、まともな戦闘にならないっていう。
どっちがだけじゃダメなんです。両方使えないと。戦闘の基本中の基本だと思ってください。
noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。