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楽園で暮らすアダムとイブに割って入るヘビ

確か、3月の10日くらいのコトだったと思います。

その日、浜田君は帝国劇場のバイトが入っていて、家には来ないことになっていました。だから、この日はあの人とふたりきりのはずだったんです。

ところが、チケットが余っているからと言って、浜田君は青年に舞台を見に来るようにと誘ってきました。最初、青年は断りました。別に興味がなかったし疲れ果てていてそれどころではなかったからです。

でも、何度も何度も誘ってくるので、仕方なしに舞台を見に行くことにしました。チケットは2枚あるので、あの人にも「一緒に来ないか?」と誘ってきます。あの人も、最初は断っていました。けれども、これまた執拗な勧誘に最後は一緒に行くことになりました。


舞台当日。

劇の内容は「あさきゆめみし」という源氏物語をテーマにしたモノでした。

地下鉄に乗って待ち合わせの駅に到着すると、あの人はすでに帝国劇場の中に入っていました。ガラス越しに映った姿は、初めて出会った頃のようなデートに行く格好で。

青年もあわてて建物の中へと入ります。

「ごめんなさい。駅を降りたら、直接劇場につながってて。先に入っちゃいました」と、彼女が謝ってきます。

劇場内に入ると、ふたりは並んで座りました。しばらく待つと、開園開始のベルが鳴ります。

演目が始まってすぐに青年は気づきました。

「ああ~、これは退屈なタイプの作品だな」と。なので、2時間くらいの舞台の8割くらいはグ~スカピ~と寝て過ごしました。きっと、普段の疲れも溜まっていたのでしょう。

対して、彼女の方はキラキラした瞳で舞台上をジ~ッと眺め続けています。2時間の劇が終わると、とても満足そうな表情をしていました。

その後、客席案内のピリッとした衣装を着た浜田君と会い、ふたりは熱心に劇の内容について話し合っていました。

青年は疲弊しきった頭でそれを横からボ~ッと眺めていることしかできませんでした。

だからといって、どうというコトもなかったのかもしれません。そんなコト別に気にしなければよかったのに。だって、青年とあの人は、まるで夫婦みたいに…それも熟年夫婦みたいに仲のいい関係でいられたのですから。

でも、どちらも若かったんです。これが両方とも40代くらいであれば、またお話も違っていたのでしょう。だけど、ふたりともまだ未熟で経験不足の21歳の男女に過ぎなかったのです。中身は子供みたいなモノだった!

         *

3月の14日。母子寮の家庭教師のボランティアの前に「早めに会おう!」と誘って、「好きだよ」と告白した日。あの満月の夜から、ちょうど1ヶ月が経過しました。

「一緒に世界を変えよう!」と宣言してからでも、まだ3週間しか経っていません。でも、まるで半年も1年もの時間が過ぎてしまったみたいでした。それほど濃厚な時間を経験していたのです。

作者の記憶が混濁しているので、時系列が逆になってしまいましたが、実際にはあの人が髪を切ってきて、ウェーブの髪型にしてきたのがこの頃だったと思います。

そして、その翌日か翌々日に「私、おつき合いしている人にお別れを告げてきました」と言われたはず。

浜田君は、トイレの中でこの会話を確実に聞いていたことでしょう。彼は相変わらず長髪の前髪の間から世界を睨むようにして世界を見ていました。それでいて、時々不敵に微笑むようになります。そうして、ことあるごとに青年とあの人の仲を邪魔をするようになっていきます。

浜田君の存在は、楽園で暮らすアダムとイブに割って入るヘビみたいなものだったのです。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。