世界は思うようにいかないし、現実は理不尽なもの

ある日、突然、あの人が怒り出しました。

「もう!なんで3人でいる時には黙っちゃうの!」って。

そりゃ、そうです。青年は一生懸命に語りかけてるのに、浜田君はだんまりを決めたまま。あの人も、自分から積極的に話題を振ろうとはしません。だから、青年の方も嫌気が差してしまい会話をしなくなっていたからです。

でも、彼女のこのセリフは別の事実を浮かび上がらせてしまいました。

「3人でいる時には」

…ってことは、ふたりでいる時には、たくさん言葉を交わしてるってことでしょ?あの人と浜田君が隠れて会ったり電話で話したりしているのは確定的です。

そんなもの「ディケンズの分解メス」を使うまでもなく、瞬時に見抜くことができました。だって、アレだけ長い時間一緒にいるのだもの。「以心伝心」ほんの一言の言葉があれば、裏で何が行われているのか一瞬にして理解できました。

ただ、「どうすればいいのか?」がわからないだけで…

         *

フリーマーケットが終わってから何日か経って、渋谷区のボランティア団体の会合がありました。

本来であれば、渋谷区に所属している青年と浜田君だけが出席すればよかったのですが、「見学」という名目で他の人たちもぞろぞろと引き連れて参加しました。

しかも、時間が余っていたので、青年の家から電車に乗らず歩いて行きました。幡ヶ谷から渋谷駅近くまでなので、1時間近くかかったでしょうか?

会合では、「シノハラさんを呼んで講演会を行ったこと」が問題になりました。それはそうです。ボランティアとは全然関係ない怪しい絵を売るような人を呼びよせてしまったのですから(…とはいえ、講演の内容自体は、組織を維持・改革するために役に立ったはず)

それから、「フリーマーケットで儲けたお金も全部返すように」と言われました。商品を提供したのは渋谷の婦人会の人たちなので、お金も渋谷区のボランティア団体のものだというのです。

青年は必死に食い下がりましたが通りませんでした。あんなに苦労して準備をして、中央公園まで段ボール箱いっぱいの品を運んで、がんばって販売したのに、売り上げは全部巻き上げられてしまうことになってしまいました。

「世界というのは思うようにはいかないところだ。現実というのは理不尽なものだ」

この時の経験で、青年はそのような教訓を学びました。そして、世界に対する不信感は再びつのり始めます。少年時代のあの頃のように…

         *

さらに決定的なコトが起こります。いえ、実際には決定的だったのはこのあとなのですが…

いずれにしても、青年は過ちを犯します。あるいは、過ちはあの人と浜田君の方だったのかも?もう、よくわかりません。それは、この物語を読んでいる読者のみなさんが決めてください。

「ボランティアの集い」の案内状を送るための資料を作り終え、あの人に「近所のコンビニでコピーしてきて欲しい」と頼みました。

一瞬、「自分で行ってこようかな?」と思いましたが、「何か1つでも役割を与えてあげられれば」と考え直し、コピーを頼むことにしました。

あの人が部屋を出ていくと、青年は浜田君とふたりきり。浜田君はいつものようにコタツに突っ伏して眠ったままです。ずっとこの調子。何の役にも立ちません。なのに、ふたりはこそこそ会って楽しんでいるのです。きっと、そうに決まっています。

ふと、コタツの上に目をやると、緑色の手帳が目に入りました。あの人が忘れていった物です。というか、コンビニにコピーに行くのにわざわざ持っていく必要はないと思ったのでしょう。

「いけないな」と思いながら、つい手帳を開いて中身を確認してしまいました。詳しい内容は読んでません。ただ、3月のスケジュール表に「浜田君と一緒に図書館で勉強する」というのと「浜田君と一緒にケーキを食べに行く」という記述が目に入りました。

それだけで充分でした。どんな言葉よりも明白です。

青年はそれを見て、その時には「やっぱりな…」と思っただけでした。むしろ、「不甲斐ない自分が悪いのだ」と自らの行動を責めたくらい。

この時は、まだなんとかなると思ってたんです。いや、事実どうとでもなる状態でした。「世界は光り輝く場所で、信じてくれる人は存在する。たとえ一時の気の迷いがあったとしても!」そう信じればよかったんです。答えは、そんなシンプルなものでした。

でも、青年はそうは思えませんでした。少年時代に受けた過酷な仕打ちによって、「世界は敵であり、暗闇に閉ざされている」という考えを植えつけられていたからです。

だから、信じられなかったんです。

結果、10代の頃の地獄のような経験は悲劇を招き、同時に先の世界へと進む切符を与えてくれることにもなります。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。