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ノスタルジックに惹かれて

騒がしい蝉が鳴く季節が終わりを告げる頃
二十年前に家庭を捨てた父親が
この世を去った

父方の親戚からの連絡を受けて 遺品整理に
都会から離れた田畑の多い町へと

昭和何年の建物だろうか古ぼけた家屋に
小汚い錆びたシャッターのガレージ

周りは農道が多く ひぐらし が鳴いていた
近くには新しいバイパス道路が延びて

遺品整理と言っても差程 持ち帰る気も無かった
ただ、僕の戸籍は父親に入ったままだから

錆びたシャッターを所々 引っ掛かりを交わし
上まで あげた中に青空からの陽射しが差し込む

白く埃が舞う中にソイツが眠っていた
幼い頃 父親が自慢げに買って僕を隣りに
良く走りに出掛けた ソイツが

1968年に日産から発売された3代目スカイラインC10型をベースにS20型エンジンを搭載した最上級グレード初代GT-R 発売は1969年
親父のは1970年の通称ハコスカGT-Rの2ドアクーペモデルが 陽射しの中に 主を亡くし ひっそりと佇んでいた

親父が自分でコツコツと直しながら
レース用エンジンGR8型をベースのS20エンジン
1989cc直列6気筒4バルブDOHCを綺麗な
絶好調状態に

S20型の基本は7ベアリング・クランクシャフトを持つサイドボルト式鋳鉄シリンダーブロックの直列6気筒。
その技術的なハイライトは、アルミ製シリンダーヘッドの燃焼室を多球形とし、そこに挟み角60度で吸排気バルブ各2個を配置する4バルブDOHCのメカニズムを、国産車で初めて量産エンジンに採用したことだ。
今となっては当たり前の4バルブDOHCだが、当時は本場欧州の高性能スポーツカーでも2バルブDOHCだった。
ゆえに完全なレーシングメカニズムであり、公道を走るクルマにはほとんど搭載例がなかった時代だ。
この世界でも稀な先進のDOHCがスカイラインに搭載されて世に出たときの衝撃たるや凄まじく、日本中のクルマ好き、レース好きの話題を独占したらしい!

S20型はR380に搭載されたGR8型と同一ではない。
たとえばGR8型のボア×ストロークは82×63mmだが、S20型のボア×ストロークは82×62.8mmだ。
これは製造誤差によって2Lを超えないための措置と言われる。
またGR8型はカムシャフトをギア駆動していたが、S20型ではチェーン駆動となり、高回転域で発生するチェーンの伸びやギアの騒音を軽減するためダブルローラーチェーンとアイドラーギアを併用した2段減速としている。
一方では、バルブの駆動にGR8型と同じくロッカーアームを介さないリフター直動式を採用した。さらに点火装置もGR8型と同じくフルトランジスタ式を採用するなどの共通点も多い!

燃料供給装置には三国工業製ソレックス2チョークの40PHHキャブレターを3基装着。
GR8型ではウエーバー製だったが、イタリア本国とのやりとりに時間がかかるなどのデメリットがあり、ソレックスをライセンス生産していた三国工業製を採用したと言われる。

排気系にはエキゾーストマニフォールドにステンレス製等長タコ足を採用して排気効率をアップするなど、レースからフィードバックされた技術がふんだんに盛り込まれた。
さらにシリンダーヘッドのポート研磨や組み立てを熟練工の手作業で行い、組み上がったエンジンは1基ずつベンチで出力が計測されて誤差はプラスマイナス5psに抑えられたという。
市販車用エンジンでは考えられない高精度を誇っていた!

当時の国産車事情を考えると異例とも言うべきスペックと工数を与えられたS20型は、マニアのあいだで「R380用エンジンGR8型のデチューン版」として伝説的な存在となった。
市販型の最高出力は160psに抑えられたが、キャブレターをレース用オプションの44PHHかウエーバー45DCOEに交換し、カムシャフトを高速型に交換すれば、200ps程度まで簡単に出力アップする高性能エンジンだった。
ちなみに最終型のレースエンジンでは各部の専用チューニングにより1万2000回転で265psを誇った!!!

親父のハコスカはチューニングにより
レース用の265psを出す モンスターだった
部屋に戻り 至る場所を探し回り
鍵を見付けた
埃がまうガレージに駈け ドアを開き
シートに腰を収め  鍵穴に 鍵を差し込み
アクセルペダルを二回 踏み込み
ギアがニュートラルだと確認してから
鍵を捻った

今では滅多に聞かないキャブレターの音と
少し甲高い 乾いた排気音
ソレックスから、ウェーバーに変えられた
吸気音が 前から響き
ワンオフで製造された排気が後ろから

二速に入れてから、一速へ
ギアを痛めないようにと
サイドブレーキを下げ ゆっくりと
強化クラッチの足から力を抜きながら
アクセルを踏む
猛獣が目覚めた様な雄叫びと同時に
ソイツは 動き出す

敷地を出て 農道を少し走りながら
暖気を済ませ バイパスへと
合流からイッキにアクセルを開け
爆音と共に 蹴飛ばされる様に
加速して行く車体
重たい強化クラッチを踏み二速から三速と
少し開いた三角窓から風が入り
ガオーっとキャブの吸気音をBGMに

親父 最高の遺品だよ
いや遺品って言葉は違うよな
コイツが親父そのもの なんだから
フロンバンパー下のOILクーラーに
レーシングジャケットのヘッドライト
漆黒の車体に金色のワタナベ ホイール
幼い頃 助手席だったが
コイツは何一つ変わらず
獰猛な野獣みたいに走る


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