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Twitterを断捨離する(しかない)人の話

またしてもTwitterのツイートを全削除してしまった。この内容では続けていても意味ない気がして。どうにも自分に合わない気がして。

Twitterを活用しよう。……そう何度思い、何度つぶやき始めたことだろう。
そして何度(すぐに)やめたことだろう……。

以前も同様のことがあった↓

直近では2022年の12月くらいから先月まで、約3ヶ月間している。
当初こんな記録をnoteに残していた↓

しかし3ヶ月が限界だった。今回は500ツイート近くまでがんばったが、結局残しておきたい履歴にはならなかったので全削除した。
その直後のnoteのつぶやきがこちら↓

この他の理由としては、自分に不要なものは持っていたくない、したくないといったミニマリスト気質のせいもある。

Twitterは「がんばらないと」続けられない。Kindle出版やnoteと違って。それは単純に「自分に向いていない」ということではないだろうか。
たぶん、それはもうわかっている(なぜなのかはわからないが)。
それでもやろうとしていたのは、Twitter発信が有効だとされていたからだ。

しかし無理なものは無理だと諦めるしかないのかもしれない。毎日でも泳げる人が、毎日走れるとは限らないように、僕は毎日Kindle本の原稿を書き進めることはできるが、毎日140字のツイートをするのは苦痛だった。どうせがんばるのなら、苦痛なことよりできることの方がきっといい。

そもそもTwitter自体ほとんど見る習慣がない。読まないのに書けるわけがないのではないだろうか。本と同じように。

また個人的にはTwitterで気になる作家を見つけたこともない。作家を覚えるのは、本屋やAmazonで気になる本を見つけた時がほとんどだ。それなのに自分はTwitterをして覚えてもらおうだなんてちょっと違う気がする。

大人しくできること続けられることに集中しようと思う。
具体的には本を読んで本を書く(その他の文章はnoteに)。それだけ。
それだけがシンプルでいい。
少なくとも性に合っていると思う。
(発信力不足については……また別途考えよう)

とりあえずまたしばらくTwitterは、こうしたnote記事やKindle本の共有など最低限の使用に留めてみたい。

その分活字を取り込んで吐き出します。