カブの旅 第3話「納車」
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納車日の仙台は晴れ。絶好のバイク日和だった。
気温は7度だけど。
……まあこの時期なら暖かい方だ。
電車を乗り継いで南仙台駅へ。近くの銀行で15万円ほど下ろし、バイク屋まで歩く。あらかじめ買っておいたヘルメットを持って。袋に入れて肩にかけていたけど、重いうえ持ちにくくてならなかった。ヘルメットは持ち歩くものではないな、と当たり前のことを思った。
バイク屋に到着すると、
(来たか。待ちわびたぞ)
件の喋るカブ(JA07スーパーカブ110)が準備万端な風で僕を待ち構えていた。
「…………」
(どうした? 主は楽しみじゃなかったのか? 私は楽しみすぎて、危うく一人で走り出しそうになるくらいだったというのに)
「怖いわ」
ホラー的な意味でも、故障的な意味でも。
いや、僕だってこれが初めてのバイク納車、楽しみでなかったはずがない。しかし、今日も当たり前のようにカブの声が聞こえたことで、ひとつ諦めがついたことが、カブの目には(目があるのか知らないけど)テンションが低いと映ったのだろう。
……カブと話せることに関しては、もう野暮なつっこみはしまい。
別に害があるわけでも、他人に迷惑をかけるでもなし。
と開き直った僕は、店主と精算や書類の説明、引き渡しを行った。
そしてカブの扱い方を教わる。
ギアはロータリー式。上げるのも下げるのも前後を踏んで行う。停車時は4速からニュートラルに入る。それ以外は特段目新しい機能はない。
オイル交換は2000キロ目安で行うとのこと。そこでいろいろ点検もしてもらえるらしいが、では普段は何かセルフチェックする必要はあるのだろうか。自転車は空気入れたりするけど、車は自分でメンテナンスなんてしないよな、バイクはどっちなんだろう……あとで調べてみよう。
予習していたこともあって、特に理解できないことはなかった。
店主と挨拶を交わし、カブを受け取る。
さあ、ついに公道デビューの時が来た。
……ということは、だ。
「あー……ついに買っちまった……」
(なんだなんだ、せっかくこれからって時に、煮え切らない奴だな)
「まあそうなんだけどさ……」
元々とりあえず免許だけ取っておこうと思っただけで、バイクまで買おうとは考えていなかった。これから寒くなるし、自分の中で決めていた『使っていいお金』では狙っていた新型スーパーカブ110が買えなかったから。
けど、たまたま見ていたグーバイクでこのカブを見つけてしまった。
約15万円と手頃な価格で、走行距離は多いが悪くない状態のこいつを。
中古なので売れてしまったらもちろんもう手に入らない——。
だから、ここが買い時だと思ってしまった。
結果、免許費用も合わせれば30万円近く使った。
まだ貯金はあるけど、厳守していた超えてはならない残高ラインを超えてしまった。その罪悪感が今になって襲ってきたのだった。
(気にするな。金は使うものなのだから)
また僕の心を読んだかのように、カブが励ましてきた。
(それでも気になるなら、私で元を取ればいい。たとえばnoteに書くとか。場合によってはお金になるかもしれんぞ。題してカブの旅。どうだ?)
「……それだとおまえが主人公みたいじゃないか。キノの旅だって主人公はキノだろうに」
バイクに励まされるなんて、本当に焼きが回ってしまったかもな。
何だかうじうじしているのが馬鹿らしくなった。
「よし、じゃあ行くか」
ヘルメットをかぶり、カブに跨がる。ミラーの位置を調節し、キーを回す。
セルスイッチオン——エンジン一発始動。快調そのものだ。
「やるじゃん」
(当然。さあ出発だ——)
「あっ」
(今度は何だ)
「……写真。撮るの忘れた」
こいつの写真だ。それこそnoteに載せようと思ったのに。相変わらず僕には写真を撮る習慣がない。
(なんだ、そんなもの、今度景色のいいところにでも行って撮ればいいだろ」
「ああ、それもいいかもな」
カブの写真を撮るだけのために遠くまで行く。たまにはそんな贅沢な時間の使い方もいいかもしれない。
「とかいって、おまえが走りたいだけじゃないのか?」
(細かい奴だな。いいからさっさとギアを入れろ)
「わかったよ」
これじゃあどっちが主人なのかわからないなと思い、思わず笑ってしまった。
——ガチャン。
こうして僕たちは、初めてのギアを踏み入れた。
アクセルを捻る。
その分活字を取り込んで吐き出します。