ことばの学校演習科課題:「告白」

 「絵の具は色を混ぜると黒くなるけど、照明は色を重ねるほど白くなるんだよ」
 それは正確には色っちゅうか明暗の話なんだけどね、とTさんは付け加えた。太陽が眩しくて白く見えるのと一緒、タバコ行ってくるね、帰ってくるまでに自分なりの紫を作ってみて、とTさんは居酒屋で料理を片っぱしから注文するみたいに言って、人工樹脂製のサンダルに足をかけながら、やはり居酒屋のトイレに入るみたいに換気扇のある厨房に消えていった。厨房で喫煙はご法度だと初出勤のとき店長に言われたが、僕もTさんほどのキャリアになれば許されるのかもしれない。僕はまだ紫すら作れない。
 赤と青を重ねてみる。思った通り紫になる。赤に白を混ぜても、ピンクのようだが紫といえば紫という色になる。二色の配分を変えれば、その濃淡は変えられる。だから問題は「どの紫か」だ。試しに赤と青のつまみをいけるところまで上げてみる。真っ白になった。緑を入れてみる。一瞬、照明が一斉に瞬きをするように黒みがかったように見えたのもつかの間、やはり真っ白になった。バカみたいだと思った。
 色々な色が互いに自分の色を色として主張できるのは、所詮はある明度までの話で、一定の明度を超えるとそれらは一つの大きな「白」になる。その身も蓋もなさ。小学校の音楽の授業で歌わされた、みんなが色とりどりの花だという、国民的アイドルの歌がなんとなく思い出された。みんな白くなっちゃえば一緒じゃん。人間のつばぜり合いを超越的な場所から笑って見ている、これがそういう「白」に見えてきた。Tさんの話からすると、色自体は「そこにある」のだろうが、重なった光が人の目には眩しくて、もはや色がわからなくなる、ということなのだと思う。色を混ぜているようで、光を重ねている。僕は光になりたいと思った。
 Tさんが戻ってきた。舞台上は強い白で照らされたままで、Tさんは、演者の目が潰れるぞ、俺たちに挨拶しなかった昨日の奴にはこれでいいけど、と笑った。でもこれは赤と青と緑で作った白なんです、と言ってみると、ああ、白だけの白とは違うからね、それはアリよ、とのことだった。
 まあ紫なんて滅多に使わんけど、と隣に座ったTさんの口から漂うタバコの刺激臭は僕に「黒」を連想させた。Tさんの言葉は光ではなく色なのだと思った。いや、換気扇に吸わせた煙のような、僕がまだ見ていない「白」がこの人にもあるのだろうか。Tさんは光なのだろうか。Tさんの一見ブラックな笑いも、人間を笑うようなこの照明と同じ、明度の彼方に立ち昇る白い笑いなのかもしれない。
 もう一本吸ってくるわ、テクリハまで時間あるからお前もテキトーに休んどけよ、とTさんは再び厨房に向かった。Tさんから吐き出される煙はきっと光っている。いつかその光を見られるときはくるだろうか。この人のバカバカしく眩しい「白」を見るとき、僕の目は潰れずにいられるだろうか。

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