急展開で起きたシリコンバレーバンクの破綻劇

2023年3月12日
 マネックス証券 岡元兵八郎

 先週のS&P500は4.55%下落、ナスダック100は3.75%の下げとなりました。
先週の米国株市場の注目は、カリフォルニア、シリコンバレーにある40年の歴史をもつ地銀のシリコンバレーバンク(SIVB)の破綻劇でした。実は4,700を超える銀行がある米国では銀行の破綻はそれほど珍しい話ではなく、2020年にも4つの地方銀行が経営破綻しているのです。

しかし、今回の出来事は銀行破綻の規模としては2,090億ドル(約28.2兆円)2008年の金融危機来最大で、米国の歴史において2番目の大きさとなるとそうはいきません。今回破綻したシリコンバレーバンクは、テクノロジーやヘルスケア業界に特化した預金残高16位の地銀です。2022年にベンチャーキャピタルが支援し上場した米国のハイテク企業とへスルケア企業の約半数が同社の顧客で、また2,500を超えるベンチャーキャピタル企業も顧客となっています。スタートアップ企業の発展のために非常に重要な働きをしていたのです。

 そんなシリコンバレーバンクの今回の破綻はあっという間の出来事でした。今回の事件の背景、そして先週水曜日からの3日間で何が起きたのかの解説を試みたいと思います。

 
総資産規ベースで見た米銀トップのリスト (2022年12月末現在)出所:FRB
1.    JPモルガン・チェース          3.20兆ドル
2.   バンクオブアメリカ           2.42兆ドル
3.   シティバンク.                             1.77兆ドル
4.   ウェルズ・ファーゴ          1.72兆ドル
5.    U.S.バンク                 5,850億ドル
6.    PNCバンク                5,520億ドル
7.    トラストバンク            5,460億ドル
8.   ゴールドマンサックス            4,870億ドル
9.    キャピタルワン          4,530億ドル
10.  TDバンク                 3,870億ドル
11.   バンクオブニューヨークメロン         3,250億ドル
12.   ステートストリート・アンド・トラスト 2,980億ドル
13.シティズンズバンク         2,260億ドル
14.   ファーストリパブリックバンク    2,130億ドル
15.   モルガン・スタンレープライベートバンク 2,100億ドル
16.シリコンバレーバンク        2,090億ド
17.    フィフサードバンク         2,060億ドル
18.   モルガン・スタンレーバンク     2,010億ドル
19. M&Tバンク              2,000億ドル
20.キーバンク             1,880億ドル

スタートアップと共に急成長したシリコンバレーバンクだが
2018年に490億ドル(約6.6兆円)だった同行の預金残高は、2021年には1,892億ドル(約25.5兆円)へと急速に増えていきました。同行はその預金のうち必要最低限の現金は手元におき、残りを財務省証券やモーゲージバック証券などの長期債に投資をして利ザヤを稼いでいたのです。その投資のほとんどは先年から始まった利上げが行われる前に行われており、彼らの債券ポートフォリオの平均利回りは1.79%と、現在の10年債利回りの3.9%レベルを大きく下回っています。金利が上昇したため、彼らの債券投資ポートフォリオはロスが出ていた状態にありました。

利上げによりベンチャーを取り巻く環境が悪化
昨年年初に始まったFRBによる利上げは、住宅ローンなど消費者にとってだけでなく、資金調達コストも上昇し企業へも悪影響を与えましたし、株式市場全体を押し下げるという展開となりました。未上場のベンチャー企業にとっては、市場の環境の悪化によりIPOでの資金調達もできず、金利の上昇で調達コストが上昇、シリコンバレーに代表されるベンチャーの資金繰りにも影響を与え始めていたのです。

先週いったい何が起きたのか
資金調達が難しくなったスタートアップ企業は、同行に預けていた預金を解約し引き出し始めていました。顧客からの預金の解約を受けシリコンバレーバンクは、現金流動性を高めるために、先週水曜日に保有する債券ポートフォリオの売却を行ったのです。ロスが出ていたポートフォリオを売却したのです。これにより同行は18億ドル(約2,430億円)の損失を確定したと発表しました。これはマネジメントによる、銀行の流動性や債券運用管理のミスマネジメントと言えるでしょう。

事態が急激に悪化したのはここからです。
かかる事態を受け、水曜日のマーケットの引け後同行は22.5億ドル(約3,037億円)の普通株と優先株の公募増資を行うと発表しました。そのうち5億ドル(約675億円)分を購入するというアンカー投資家は確定していたのです。しかし、ロイターなどの報道によると、複数のベンチャーファンドが同行の預金を解約することを企業に勧めていたこともあったということで、同行の預金の解約の件数、規模が急激に増えてしまったということなのです。この辺りが事態を急激に悪化させた原因ではないかと思っています。

木曜日の午後に行われた投資家向けのコンファレスコールでは、グレッグ・ベッカーCEOは同行の現状の説明を試みるのですが、投資家の不安を取り除くことはできなかったようです。この日株価は引けまでに6割下落、このような状況下、株式増資の話も流れることになります。

木曜日の営業日の終わりまでにはカリフォルニア州当局者によると、同行の預金者が420億ドル(約5.7兆円)の預金の解約を行うという取り付け騒ぎへと発展していったのです。木曜日の営業後の同行の現金残高は9.58億ドル(約1,300億円)の負債超過となりました。同行の顧客によると、木曜日の午後にはネットでの預金の送金ができなくなったそうです。

このような事態となり、金曜日には同行の売却も含めた生き延びるための策を講じていたようなのですが、最終的に運が尽きたのです。同行発行のクレジットカードは、この日利用が不可能となり、金曜日の午後には支店の入口は封鎖されていたとのこと。

この日カリフォルニア州は同行を州の管轄下に置き、米連邦預金保険公社(FDIC)が破綻管財人となる発表が行われました。FDICは同行を閉鎖するにあたり、金曜日にはサンタクララ預金保険ナショナル銀行(Deposit Insurance National Bank of Santa Clara)を設立し、預金が保障された預金についてすべて移管され、今週月曜日には業務を開始するとしています。

今回の預金者の被害は
しかし、同行の預金のほとんどはFDICによる保護の対象にならない25万ドル(約3,375万円)の保険限度額を超えており2022年末の報告書によると、全預金残高の1,730億ドル(約23.3兆円)のうち87%以上に相当する1,510億ドル(約20兆円)以上が保険限度額を超えています。
限度額分の扱いがどうなるかはまだはっきりされていないのですが、FDICによると銀行やその顧客から追加情報を受け取り確認後に確定させると発表しています。
因みに2008年7月にカリフォルニアのインディマック銀行が破綻した際には預金者は最終的に保険限度額の半分だけを受け取ったと言います。一方、JPモルガンに買収されたワシントン・ミューチュアルは全額回収できています。
動画ストリーミングのプラットフォーム企業のロク(ROKU)は、同社の19億ドル(約2,565億円)の現金のうち4.87億ドル(約657億円)をシリコンバレーバンクに預金しており、どの程度回収できるかわからないと発表しています。ただ、同社はこのような状況下でも業務に問題はないとしています。

今回のシリコンバレーバンク破綻による銀行業界に与える被害は限定的か
目先の懸念は、今回の事件が他行に波及し取り付け騒動にならないことです。
イエレン財務長官は、シリコンバレーバンクの状況が悪化する中、いくつかの銀行の状況をモニターしていると発言しました。サンフランシスコを本社とするファーストリパブリックバンク(FRC)は、同行の預金ベース、はしっかりしており、顧客ベースも分散されており、流動性のポジションは非常に強いと米証券委員会(SEC)のファイリングで報告しています。

大手銀行は資産規模の小さな銀行より流動性があり、より幅広いビジネスモデルで顧客もより多様化しており、潤沢な資本があります。また、大手銀行は規制当局から厳しい監視を受けています。規制当局者は、大手銀行には特定の業種に特化しないように監督してきたのです。

規制の厳しいはずの銀行業界でなぜこのような事件が起きたのか
では、なぜ今回このような事態になったかですが、2009年の金融危機をきっかけに大手の銀行への規制が厳しくなったものの、中小の銀行については大手銀行と比べると規制が緩いことがあげられます。これは2018年、時のトランプ大統領は一連の規制緩和を行う一方で、地銀への規制の緩和を行ったのです。その時支援を行なった企業の一つが同行だったのです。

株式市場への影響
今回の事件は株式市場全体を押し下げることになりました。
他銀行への波及効果としては、木曜日は銀行セクター全体が大きく売られたものの、金曜日のマーケットではJPモルガン(JPM), ウエルスファーゴ(WFC)、シティグループ(C)のようなマネーセンターバンク株はフラットで終わっており、金曜日時点では大手銀行への影響は限定的と判断したようです。

今回の展開はマーケットにとって驚きの展開でした。シリコンバレーバンクの親会社であるSVBファイナンシャルグループ(SIVB)の分析を行っているアナリスト23人のうち売り推奨を行っていたのは一人しかいませんでした。65%のアナリストはホールド、そして30%のアナリストは買推奨を行っていました。会社の分析を行っているアナリストにも今回の展開は想定外であり、あっという間の出来事であったということです。 

今後の影響と展開は
今回のシリコンバレーバンクの破綻の直接的な原因は、パウエル議長率いるFRBの金融政策がインフレ抑制だけに重きを置き利上げを断続的に行なったことにあります。金曜日に発表された雇用統計は事前予想を超える内容と、引き続き利上が必要とされる内容でした。しかし、このような事態を受けFRBは今後の利上げ幅やそのペースについて、今まで以上に慎重にならざる終えなくなるでしょう。

今回のシリコンバレーバンクの崩壊により、ハイテク労働者の給料支払いができなくなることが起きるとされ懸念されています。米国経済の最も革新的であるスタートアップ業界の資金の供給源として重要な役割をおこなってきた担い手が破綻したことで、スタートアップ業界の成長にダメージを与える影響があります。

 シリコンバレーバンクの影響は米国内に留まりません。同行は米国外では、カナダ、英国、中国、デンマーク、ドイツ、インド、イスラエル、スエーデンにも支店があります。
英国では180のハイテク企業が共同でハント財務大臣に政府による介入を願う嘆願書を送ったと言われています。その手紙には、このままではスタートアップ業界のエコシステムを20年前に戻してしまう恐れがあり、連鎖倒産してしまう企業が出てくることが予想され、今週末中になんとかしないと大変なことになるとしています。今回の出来事の世界的な波及は、今週徐々に分かってくることになるでしょう。

 シリコンバレーバンクには、証券部門があるのですが、この記事を書いている時点でインサイダーによる証券部門のマネージメントバイアウトの検討も水面下で行われているようです。

 (**その後の展開)

日本時間3月13日午前7時45分現在

米国財務省と連邦準備理事会(FRB)は、シリコンバレーバンクの預金者全ての預金を保護する計画を発表しました。 また、この週末ニューヨーク州当局者によって閉鎖されたシグナチャーバンクの全ての預金も保護すると発表しています。この処置により、預金者は月曜日から完全に資金へのアクセスが可能になります。また、財務省は金融システムの安定化の為、為替安定化基金から最大250億ドル(約3.38兆円)の資金を提供し、バンク・ターム・ファンディング・プログラムを新設しています。

このような展開を受け、日本時間8時米国株指数先物は上昇しています。

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