脳腫瘍で光を失った息子と共に歩んだ15年の備忘録②入院

眼科医に衝撃的な病名を告げられた翌日、息子は同じ大学病院の脳神経外科でMRI検査を受けた。 息子が2歳の時に離婚した元夫も駆けつけ共に結果を待つ。

実は、どんな結果であろうとも、この大学病院で息子を診て貰う気持ちはなかった。とりあえず直ぐに検査が受けられる状況にあった為受診したが、小児脳腫瘍を知り尽くし、その時点で千数百回もの手術数を数え、小児患者を救ってきた名医のブログには、どのような術式で手術するのか、そもそも手術が最善か否か、最初の一歩が何よりも大切で、その後の患者の将来を大きく左右することになるとあったのだ。
私は息子にとって最善の選択をしたかった。

検査の結果は、腫瘍ができた場所、視野欠損や視力低下などの症状、腫瘍にかなりの石灰化が見られることからも、それを特徴とする頭蓋咽頭腫で間違いないと言う。 「この腫瘍はね、さっさと取ってしまえば予後良好でね、残った視力も温存できるからね。 開頭しなくても鼻から取り切れるから体への負担も少ないし。」と満面の笑みをたたえながら医師。

検索魔と化した私は前の晩徹夜でありとあらゆる小児に発生しやすい脳腫瘍について読み漁ったが、同じような状態の腫瘍でも、他に2種類程の病名が思い浮かんだ。 病理の結果も待たずにこうもあっさりと決めてかかる医師に、信頼感は持てなかった。
一方で元夫は、「ああ良かった。 治るんだね。 感じも良いし自信もありそうだし、あの先生に任せよう。」と、余程安心したのか、嬉しそう。 いや、断じて任せませんよ。

ネットで検索しまくった結果、私はある大学病院の脳神経外科医の存在を知り、手術を受けるのであれば、何がなんでもこの医師に執刀してもらいたいと強く思った。
が、しかし、生まれつき体が丈夫で風邪ひとつひかない私は病院とは縁がなく、かかりつけ医などもおらず、紹介状の依頼もできない。

そこで思いついたのは母の主治医。 数年前に、母は膝の変形性関節炎の人工骨置き換え手術を、とある大学病院の、かなり著名な医師に執刀してもらった経験があるのだ。 その後は1年に一回程度の経過観察の為の受診しかしていなかったが、無理を言って外来の予約を入れてもらって、どうにかして紹介状を書いてもらって欲しいと頼んだ。 

隣に住んでいる事もあって、目に入れても痛くないと言い、ベタ甘やかして可愛がっている孫の為ならと、快く引き受けてくれた母は早速紹介状をゲットして来てくれた。 ありがたい。

息子の主治医となったのは、執刀を依頼した医師の、執刀時の第一助手的存在で、数年間シカゴの小児脳外科で働き帰国間もない若い医師だった。 受診前から直接電話がかかって来て、「どんな小さな疑問も不安もぶつけてくれていいから、安心して受診して欲しい。 会えるのを楽しみに待っている」と。 さすがアメリカ帰り。 大学病院にこんな医者がいるとは驚きだ。 
そして初受診。 大学病院での受診と言えば、待ち時間数時間、診察数分、みたいに勝手に思い描いていたそれとは全く違って、待ち時間こそ想像以上ではあっても、その分患者一家族に掛ける時間は半端なかった。

息子本人はと言えば、いたって冷静で、「泣こうが喚こうがどうにもならないんだから仕方ない。治療を受けるしか手はないでしょ。」と肝が据わっているのだが、主治医はなんとか息子を傷つけないよう細心の注意を払いながら、言葉を慎重に選んで話しかける。 「君の頭の中にね、バイキンが入っちゃったんだよ。 それを取り除かないと病気が治らないからね。 すごい先生がちゃんと取ってくれるからね。」

いや先生、息子はもう脳腫瘍であることを、母の私から告げられているんです。 バイキンとか言っちゃうと息子は、まるで幼児扱いされていると思い、不愉快マックス状態になっちゃうんですが。 とは声に出しては言っていないが、実際息子は仏頂面だった。

脳腫瘍の種類は、画像からは2、3思い当たるものがあるが、最終的には病理で判断する事になると聞き、しかしながら腫瘍が複雑に視神経に絡みつくように広がっている可能性が高い為、鼻からの切除は危険で、開頭手術になる事は間違いないとの判断に、信頼感を持って納得した。 

数週間後には入院が決まり、手術日も決定した。 入院後数日は手術前検査の嵐。 

手術前、同室になったサッカー少年とパチリ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?