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短編|アクションコメディ|市街地調査 ソフトクリーム食べました-16-

 あまりにも収穫がないので、千歳は急遽予定を変更してさらにもう一箇所だけ事件現場を訪れてみることを決断した。

 アズールのゲージが限界突破しそうなうえ、ジネストゥラの様子もおかしいことは気がかりだったが、大事なのはやはり任務だ。自分達は人類を脅かす未知との魔物、ケーラーと対することができる唯一の存在なのだ。普段は強く自覚することのない使命感に奮い立たされ、千歳はそれを決めた。

 とはいえ、移動中の車内は今日が彼らと初対面である若い警部にもはっきり不穏と分かるくらいの空気感になっていた。
 頬杖をついてウィンドウの外を眺めるアズールは殺気をまといっぱなしだし、アズールと千歳に挟まれて座るジネストゥラは視線を落としたままで、極端に口数と表情の変化が減っていた。

 気遣わしげに何度もバックミラー越しに彼らの姿を盗み見る警部に、千歳も愛想笑いを返すだけで精一杯だった。

 そうまでして辿り着いた、四箇所目の事件現場では──

「う~ん、参りましたねぇ……」

 事件発生から日が経っているため簡易瘴気測定器に反応がないのは仕方ないにしても、期待した爪跡や足跡も、ない。大きなリスクを抱え込んでまで足を伸ばしたというのに、残念すぎる結果だった。

 基地を出たときは高い位置にあった陽はだいぶ傾き、あたりはやわらかいオレンジ色の光に包まれはじめていた。気がつけば、ギャラリーの姿もすでになくなっている。

「そろそろ潮時ですね。基地に戻らないと」
 あとは取れたデータを解析チームに委ねてみるしかない。

 千歳がアズールとジネストゥラを呼び、撤収準備に入ろうとしたとき、ひとりの少女に気がついた。

「ん? あの子、さっきの事件現場にもいましたね」

 先の事件現場でアズールが三人組の女性に写真を撮られている際に、すぐその横にいたし、このあたりでは珍しい黒髪だったのでよく印象に残っていた。

「最初のところにも、次のところにもいたよ」
 長いうさみみフードがついた黒いパーカーのポケットに両手を突っ込み、ジネストゥラが素っ気なく言い放つ。

「本当に? ずいぶん熱心ですね」
 しかも、かわいい──と呟いた瞬間、金色の目にきっとにらまれて千歳は自身が失言したことを自覚した。

「でも、もうこんな時間ですね」
 ケーラーの来襲に備え、日没後は居住地区内でも外出禁止となっている。
「そろそろお家に帰らないとだめですよー!」

 千歳が声をあげて呼びかけても少女は一向に動くそぶりを見せず、黒い目でじっとこちらを見ていた。
 我関せず、といったようすで簡易計器測定器の伸びたコードをまとめていたアズールの肩を千歳は叩く。

「アズール、お願いできますよね?」

 大方、写真を撮らせるか握手でもすれば満足して帰るだろう。千歳はそう考えたのだ。

「……」
 青い目がぎろりと千歳をにらむ。

「最後なんだから! 頼むから、もうちょっとだけ我慢して!」
 千歳がなだめすかすように肩に手をおいたまま耳打ちすると、とうとうアズールは不機嫌であることを隠しもせず、堂々と舌打ちした。

 持っていた簡易瘴気測定器を乱暴に千歳に押し付け、少女の方へと歩を進める。
 アズールが少女に近づくと、黒髪の少女はにこりと笑った。背丈はジネストゥラと同じくらいだったし、年の頃も同じくらいかもしれない。遠目にも分かるほどの美少女だった。
 千歳と並んで様子を見ていたジネストゥラの頬がふくらみ、眉間にしわが寄る。

 アズールと少女が二言三言ことばを交わすと、唐突に少女が背伸びをした。

「ん──? んん??」

 驚く千歳の視線のさきで、つま先立ちになった少女はアズールの首に腕を絡ませ、唇を頬に寄せようとする。

 そのとき、千歳の持っていた簡易瘴気測定器がけたたましい音を鳴り響かせた。

「アズール!」

 異常を察知したアズールが身を引き、柄(つか)に手をかけた。
 千歳のすぐ脇を、何かがとんでもない速さで駆け抜けていく。

「アズールにさわんないで!」

 今まさに、鯉口(こいぐち)を切らんとしていたアズールへと伸びた少女の腕を鋭く振り払い、ジネストゥラの叫びが木霊する。

「僕のほうがよっぽどかわいいんだから! この、ブス!!!」

 千歳の手から警告音を鳴らし続ける測定器が転げ落ちる。
 アズールが右手を柄に、左手を鍔(つば)に添えたまま、目と口をまん丸にしてジネストゥラを見つめていた。

 あまりに衝撃に、千歳もアズールも全く動けなかった。

 ジネストゥラの激しい口撃(こうげき)を受けた少女が、打ちのめされたように地に両手両膝をつき、そのままの姿勢ですうっと消えていく。それはケーラーが姿を消すさまにそっくりだった。

 しかし、そのようすは誰の目にもふれなかった。

 さっとアズールの手を取ったジネストゥラがきびすを返し、唖然としていた千歳の手をもとってずんずんと歩き出す。
 近くに止めた車両の傍らで、彼らの活動を見守っていた警部の脇を通りすぎても止まらない。

「ちょっと、ジネちゃん!」

 ジネストゥラに手を取られ、ひきずられるようにして千歳とアズールは歩く。驚いた警部の声が背後から追いかけてきたが、それでもジネストゥラは止まらなかった。

「ああ~車からどんどん離れていってますよ~」

 闇雲に歩き、すっかり人気(ひとけ)もなくなったところで、ジネストゥラは足を止めてぱっとふたりの手を放した。さっと長いうさぎの耳がついたフードをかぶって顔を隠す。

「どうしたんです?」
 ジネストゥラはうつむいたまま何も言わなかった。心なしか、フードについたうさ耳がしおれているようにも見えた。

「ジネちゃん……?」
 どうしたものかとおろおろする千歳と対照的に、アズールはしょげたうさ耳フードを黙然としばし見下ろす。

「ジネ」
 呼ばれるとジネストゥラはぴくりと薄い肩を震わせた。
「あれ買ってやるから、来い」

 アズールが示すさきにあるのは、円錐形の黄色い物体のうえに、とぐろを巻く白い物体──ソフトクリームをかたどった立体的な看板だ。

「いらない」
 ぶんぶんと首を振るジネストゥラに、アズールは身をかがめ、いつもよりもさらに声をひそめて言った。

「俺が食いたいんだよ」
 ジネストゥラははっとして、顔をあげる。それからにんまりと笑った。
「仕方ないなぁ。アズールは甘いもの、好きだもんね」

***

 市街地調査に出ていた三人が基地に戻ると、シュミレータールームからロッソとノーチェが転がるように出てくるところだった。ふたりは這うように移動し、出てすぐの廊下の壁に並んでもたれて、ぜいぜいと肩で息をする。

「一体、何ごとですか?」

 驚いた千歳が目を丸くして訊いても、ロッソもノーチェも口も利けないくらい息が上がっていた。

 一呼吸遅れてシュミレータールームからミルティッロが出てきた。かがみこんで、ふたりを持っていた本で扇ぐ。

「ノーチェが、この前のアズールのあれをやりたいってムキになってたんですよ」

 アズールが片方の眉をわずかに上げる。

「こいつ、頭がいいだけ性質が悪いんだよ。失敗しても、一回一回改善点を考えては、延々とやりたがるんだ」

 息も絶え絶えのロッソがうんざりしたようにノーチェを見やる。

 面と向かって性質が悪いと言われたノーチェは気にしたふうもなく、地べたにあぐらをかいてもう少し角度と踏み切りのタイミングが云々……と真面目くさってぶつぶつと呟き、天を仰いだ。

「あーあ、やっぱりアズールはすごいな」

 几帳面なノーチェにしては珍しくジャケットを脱いでタイもゆるめ、シャツの袖をまくっていた。千歳よりも赤っぽい茶色の髪も汗で濡れて首筋に張り付いている。
 報告はあとで聞く、と千歳に断ってノーチェはジネストゥラを見上げた。

「ジネ、市街地はどうだった?」
「うん。アズールがソフトクリーム食べたいっていうから、買ってあげて一緒に食べたよ」

「おや、それは微笑ましい」

 ミルティッロの言葉にアズールは舌打ちする。千歳は内心ひやひやだった。
 上機嫌に答えるジネストゥラに、ノーチェは嬉しそうにうんうんと頷く。

「今度から、休日はもう少し基地の外にも出られるように考えてみるから」
「ううん、いい」
「え? いいの?」

 ジネストゥラは頷く。

「ロッソ、僕もシュミレーター使うから付き合って」
「……今から? 俺、ノーチェのせいでへとへとなんだけど」

「ミルティ、シュミレーター終わったら、勉強見て」
「いつもは嫌だって言うのに、急にどうしたんです?」

 基地に残っていた三人組が訳が分からず顔を見合わせる。
 

「やっぱり僕はここがいちばん好き」

 モンスターは無邪気な天使の微笑みを見せた。


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