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【ショート】 スマホを落としただけなのか……? 【ショート】


 ケロロロロ……ケロロロロ……
 
 
 事務所の電話が鳴り続けている。
 
 パーティションで区切られただけの応接室の椅子に深く腰掛け仮眠をとっていた男が、面倒臭そうに目の前のテーブルの上のスマートフォンを取る。
 
 「ふぁあぃ、こちら……えーと――」
 
 ケロロロロ……
 
 しかし、電話のベルは鳴り止まない。
 男のスマートフォンではなく、事務所のデスクに設置された固定電話が鳴っているからだ。
 
 それでも男は、寝ぼけながらスマートフォンに話し掛け続ける。
 
 「えー、こちら……あのー、三日月探偵社でございます……。ただいま~お掛けになった番号は……ぁー、現在使われておりませんですぅ……はい」
 
 ケロロロロ……
 
 その段になってようやく男は目が覚め始め、自分のミスに気付いて慌てて叫んだ。
 「いけねっ!三日月じゃねーや、満月だ!」
 
 満月探偵社――
 
 男が先月から勤めている職場であり、彼の前職は印刷会社『三日月印刷』のアルバイトであった。
 
 ケロロロロ……
 変わらず事務所の電話が鳴り続けている。
 
 「やべーのやべーの」
 男は再びスマートフォンを手に取り、応答しようとした。
 「はい、こちら満月探偵社でございます」
 
 その時だった――
 突然、スマートフォンが激しい曲調の音を鳴らした。
 
 男が仮眠から目覚める為にあらかじめセットしたアラームであり、スマートフォンの画面の時刻は、午後3時ちょうどを示していた。
 
 話し掛けていた電話が大きな音を立て鳴ったものだから男は驚き、持っていたスマートフォンを思わず放り投げてしまった。
 
 スマートフォンは駅前の雑居ビルの5階、南側にあるこの小さな探偵事務所の、西陽が入る開けっ放しの小さな窓から飛び出し落ちて行った。
 
 3階建ての隣りのビルの外壁にぶつかりながら地面に落ちたスマートフォンは、着地と同時に火球となり強烈すぎる光と6000℃を超える熱を放った。
 
 スマートフォンの持ち主である男は、座っていた椅子から立ち上がる暇もなく、刹那の間に灰と化した。
 
 ビルの外壁や地面のコンクリートは、練り飴のようにギニャリと歪んだ後、爆風で木っ端みじんに吹き飛んだ。
 
 スマートフォンの火球は膨張し、大きく爆ぜた。
 
 人類だけでなくあらゆる生き物は呆気なく滅亡し、爆発によって生まれた衰えを知らない炎の津波が、やがて地球全体を飲み込み、水の惑星を新たな太陽とした。
 
                 
                      完

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