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バトルショートショート      ――『Jane The Ripper』VS『鴉の主』――

 目次 


下は地平線まで広がる白いタイル張りの床。
上は異様なまでに高く広い、同様に白色の天井。

おおよそ10mの距離にて対峙するのは白い貫頭衣を着た2人の少女。

片方の名前は「ニク」、片方の名前は「クロ」という。
ニクは手にチョッパーナイフ(いわゆる肉切包丁)を持ち、クロは全身を黒いカラスで覆っていた。

クロの貫頭衣に引っ付く大量のカラスのせいで、2人の容姿を外部から比較することはできないが、それさえなければ2人の容姿が瓜二つであることがわかっただろう。

無言を貫く両者の間で、ピリピリとした緊迫感だけがどんどん高まっていく。生死を前にした者達が醸し出す、恐怖と興奮を交えた緊迫感だ。

それが限界に達した時、最初に動いたのは――クロ。
彼女の初手、それは完全にニクの意表を突いた。

クルリと背後を向いてからの……全力疾走

身体に引っ付いていた大量のカラスが飛び立ち、軽くなったクロがみるみる内にニクから遠のいていく。

思わず啞然とするニク。
しかし、走るクロの傍から唐突に1匹のカラスが出現、舞い上がり、上空へと昇っていく様を見て表情を変える。

クロが発動した能力とは。


――Crow-Generation『鴉使い』――
鳥を創造して命令することができる。5秒に1羽のペース。


上空を飛ぶカラスの群れに、クロの傍から現れたカラスが加わった。
群れは、走るクロの上空を付かず離れずの距離で滞空している。

まずい、と感じて全力でクロを追い始めたニク。
がむしゃらに走る彼女は重いチョッパーナイフを持っているにも関わらず、無手のクロよりも速かった。ジワジワと、着実に追いすがっていく。彼女たち2人は肉体的に同一の性能を持っているはずだが、目で見てわかる程度にはニクの方が早い。

ちらちらと背後を見ながら走り続けていたクロは追いすがるニクの速度に驚愕する。しかし、まだその表情に焦りは見られない。

「行け」

クロが手を振ると上空を飛んでいたカラス達がニクに殺到した。

「ッ!」

ニクは足を止め、目を狙うカラス達をチョッパーナイフで撃退しようとする。鋭い切れ味は攻撃力の面では十分だ。ただ、カラス達の動きが機敏でなかなか攻撃が当たらないことに加え、数が多過ぎる。よってたかってニクを突くカラス達。一匹一匹が立派な体躯を持ち、そのクチバシは容易く肉を抉る。そして総数は5秒毎に1羽、増え続けるのだ。

「戻れ」

ニクを四方八方から突いていたカラス達が急に離れた。傷だらけの顔で相手を探すと、クロが遠い。どうやらニクがカラス達の相手をしている間に再び距離を取られたようだ。

ボロボロの貫頭衣と血だらけの身体で再びクロの追跡を開始する。
ニクの追いすがるスピードは速く、その後も何回かクロに接近することができた。彼女にとっての問題は、その全ての機会においてカラス達の妨害を突破できなかったことだ。

一定のペースにて増え続けることが一番の要因ではあるが、それに加え、カラス達がクロの指示のもと細かいヒット&アウェイに徹し、決して無理な攻勢を仕掛けないことも厄介だった。

「はぁ……はぁ……っ」

彼女はガクリと膝をついていた。
足元には幾つものカラスの死骸と、無数に散らばった黒い羽。

カラス達との何度目かの交戦の後、耐え切れずにその場に崩れてしまったニク。赤く汚れてボロボロになった貫頭衣は既に、だいぶ前の地点で打ち捨てられていた。その裸身のいたる所には切り傷、引っ搔き傷と、肉を啄まれた傷跡があり、そこから流れ出る血液の赤さと対照的に、彼女の顔からは血の気が失せている。

……かなり弱っている。
これは――殺《ヤ》れる。

相手の様子を観察していたクロがそう判断する。
相手の足が速いから逃げられても困る。見極めが必要だった。
カラス達に口頭による指示を出すため、ニクから約50mの距離にいる彼女は、頭上に羽ばたく総勢200羽越えのカラスの軍勢に命じる。

「全力で殺せ」

黒い群れは声に応じ、即座に空中で大きく散開。
地面にいるニクの上空で円を作って彼女を囲み……一拍を置いて殺到した。

ニクの振るうチョッパーナイフが先頭にいた数羽を纏めて切り捨て、返す刃は更に多くのカラスを切り裂き、それ以上の姿は黒い波に飲まれて見えなくなった。けたたましい鳴き声と、ニクのくぐもった苦痛のうめき声。
カラスの群れがニクを隈なく覆い、その全身に張り付いて無茶苦茶に皮膚と肉を啄み、引き千切っている。

クロは無数のカラス達の隙間から辛うじて見た。
カラスに覆われた人型が倒れ、それでもその上からカラス達が延々と相手を突いている様を。

クロが見えなかったのは、その人型――ニクの大部分を覆うカラス達が何故かニクを攻撃せず、ただその身体を覆うように引っ付いていること。

ニクの身体を覆う彼らが盾となり、未だ彼女を攻撃する他のカラス達からニクを守っていること。

ニクを守る彼らは、その全てが身体を切り裂かれて既に絶命しているカラスであること。


――Meat-Operation『ブッチャー』――
切った肉を操ることができる。操作性は傷面積に比例する。


倒れたように見えるニクがその実、クラウチングスタートの姿勢を取っていたこと。

何か、様子がおかしい。まずい。距離を――。

それらの思考がクロの脳内で像を結ぶはるか手前で、ニクはカラス達の群れを突き破って高速でクロに迫っていた。その手には血に濡れたチョッパーナイフ。クロに気づかれないよう少しずつ行ってきた自傷、自らの肉体を切り裂いて操ることによる高速移動。

切り裂き身に纏ったカラスの黒衣、そこから滴る自他の血が宙に赤の軌跡を描く。置き去りにされたカラス達がそれに追随する様は、まるでニクこそがカラスの群れを率いる主であるかのようだった。

――Crow-Generation『鴉使い』――
鳥を創造して命令することができる。5秒に1羽のペース。

最後にカラスを創造してから5秒が経っていた。
クロは中空に現れたそれを鷲掴みにすると、その立派なクチバシを短剣に見立てて構える。狙うは、眼球。

鴉とその黒い羽根を身に纏う黒衣のニクと、
汚れ一つない白の貫頭衣を着たままのクロ、
バトル開始時と対照的な2人の少女が一瞬のうちに交差し――、


クロが最初の試合で殺した相手は、肉体強化系の能力者だった。
能力制限の隙をつき、彼女を無数のカラスで嬲り殺しにしたとき、クロの心境にはさざ波一つなかった。
死にゆく相手もそうだと考えていた。
彼女達は互いに殺し合うことが与えられた命の意義であるがゆえ。
クロは、安心感を覚えていた。その考えが、今も変わらないことに――


――決着。
頭部が切断された亡骸を見下ろす少女……ニクの勝利。

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