バトルショートショート ――『急襲主義』VS『アトラスガール』―― 2
「ふぅーー……」
拭い切れぬ違和感。
(……傷、軽すぎない? 気のせい…………いや……)
攻撃が効いていないわけではない……血を流しているのがその証左。
しかし、どうも決め手に欠ける損傷具合だった。もしや、礫を投げるだけでは決定的なダメージを与えられない?
否、そんなはずはない。
真正面から受ければ人体を貫く程度の威力はある。
急所に当たれば即死もあり得るだろう。周りの床の破壊痕を見ればそれは明らか。では何故? 答えは相手の『能力』しか有り得ないだろうが……。
「――……フンッ!」
違和感を気にも止めず再び投擲を開始――するように見せて、相手の反応を観察する。
気のせいかもしないが、偶然自分の投擲が多く外れ、たまたま相手が上手く急所を外しているだけかもしれないが……。
そうでない場合、ハンが相手の能力を測り違えている場合、致命的な事態になりかねない。
(そもそも『作用』系統ではない……?)
ハンの能力に対する推察は、あくまで彼女自身のこれまでの知識と経験から考えたもの。未知を含めて考えるならば、他にも候補は考え得るだろう。
例えば、視認困難かつ極短距離のみを移動する『移送』系統の能力者。
例えば、互いの受けるダメージを軽減する『法則』系統の能力者。
例えば、致命的な損傷のみに耐性を持たせる『変異』系統の能力者。
例えば、――『例外』。
(可能性は低いけど仮にマジの『例外』なら、単純に既知の能力の枠組みに当てはめるのさえ危険。相手の挙動から何をしようとしているかを推察する必要があるね……)
ハンは目を皿にしてレツを見る。
次々と放たれる黒い破片の群れに晒されるレツ。
そして投擲をしながら彼女を観察するハン。
(……こいつ)
やはりというべきか、レツは一向に致命傷を受けない。どころか、隙あらば距離を詰めようとさえしているようにさえ感じる。
(こいつ……!)
空中で拡散し避けきれない細かな破片は無数に身体に突き刺さり、
それでも芯を捉える致命的な一撃だけは決して受けず。
「なぜ当たらないッ!?」
相対するハンから見て奇妙なまでに、
客観的に考えても異様なまでに、
不思議と、予定調和のように、
延々と攻撃を避け続けるレツの目は殺意で爛々と輝いている。
軟体動物のように身体をよじり躱し、折れて2本になった木刀で時に弾き時に受け止め、目まぐるしい身体捌きで距離を詰める少女にハンは気圧され動揺したのか。
「ッ!? しまっ――」
岩を砕き投げ続けていたハンの手元が僅かに狂い、ほんの少しだけ、次弾を装填するタイミングが遅れる。その一瞬の隙をレツは見逃さなかった。
開いた手から宙に放される木刀の残骸。
刃物を思わせる機敏さで身を翻し、ハンの懐へ飛び込む。ぴんと張られた指先は、そのまま真っ直ぐハンの身体へと伸び、触れる――。
――直前、ハンの姿は掻き消え。
「ああ、最後に触ろうとするってことは結局『作用』系?」
その声は礫と共にレツの頭上から降ってきた。
咄嗟に頭部を庇ったレツをあざ笑うように腹部を貫通する複数の大理石。
内臓破裂、致命傷。
どす黒い血液が貫頭衣を染めてゆく。
タックルを空ぶったレスラーの如く体勢を崩して前のめりに倒れるレツは、それでも身体をひねって仰向けに。そのまま頭上を見やり――真上から自分を見下ろすハンを見た。
足先は天に、視線は地に。
宙に逆立ちしたような上下逆さまの姿勢でハンは浮き……いや、浮いてはいない。
『アーム・ブースト』はそのような能力ではない。
よく見ると中空に浮かぶ彼女が無造作に伸ばす左手が、隣横の大岩の僅かな凹凸を摘まんでいることがわかるだろう。
つまりこれは、自身の全体重を真横に伸ばした左手のみで完全に支えているだけだ。
――ギチリ
ハンの振りかぶった右手から、先ほど投擲を外した際手の中に残しておいた大きめの大理石の欠片が耳障りな音を鳴らす。
今まで観察して分かったこと、相手はハンの攻撃をあくまで避け続けることにより致命傷を負っていない、ということ。
ならば必然、当てれば勝てる。
そのための誘い込み。
「あたしの勝ちだ」
最後の、投擲。
これが、最後だ。
待ち望んだ瞬間だ。
先ほどまでと違い、体勢からして彼女がここから更なる回避をすることは不可能だろう。チェックメイトというやつだ。
免れ得ぬ一撃が風を切り肉を切り骨を砕くのはもはや決定事項。
そう、この時の為に――今まで苦労して近づいてきた。
レツの発動。
――Leg-Mutation『鉄脚』――
自身の『脚力』を強化する。強化の度合いは能力の練度に比例する。
大理石は、投擲される直前にそれを成そうとした少女の掌ごと破壊された。
「――~~~~ッッッ!!?」
肉体強化の恩恵により、常人には不可能な軌道で強引に放たれたレツのオーバーヘッドキック。
一撃を受けた右手、その指がビキベキと不自然な方向に曲がる嫌な感触を覚えながら衝撃でハンは宙に放り出される。
下に落ちるよりも先、顔面に疾風のように飛んできた二撃目を左腕でガードし――幾つもの年月を重ねた大樹が押し潰されるような異音――彼女の左前腕は湿った重低音と共にへし折れた。
大きく吹き飛ばされたハンはすぐさま床から立ち上がるも、自身の戦闘力の軸となる部位が両方とも大きく破損されたことに混乱と諦観の表情を隠せない。
「はははっ!」
間髪入れず距離を詰めてきたレツ。
緊張の糸が切れたように笑いながらも、瞳は変わらず殺意を湛えたまま。
ハンは折れた手と腕で掴みかかるも、一蹴の下に払われる。
左掌で弾いた不意打ちの指弾は、先程までと違い相手を貫かない。
対してレツの蹴撃はガードを固めても芯をずらそうとも響きに響き、
ただの殴打さえも彼女の骨を軋ませ肉を裂いて止まない。
自身も身に覚えがあるその頑健さから、ハンはようやく相手の能力に対する本当の確信を得た。これは断じて『作用』ではない。
彼女と同じ、『変異』。
純肉体強化系の、同種の能力者。
「……敗因は、やっぱり能力を読み違えたことかな?」
――まさか、まさか彼女と同じの肉体強化系がその最後の瞬間まで、能力の発動をしていないとは。
仕合開始前からの発動を定石としているハンからしては考えられない。
奇襲による益よりもそこに至るまでの不益が目立つ。
全貌が見えた今なお自分なら取ろうとは思えない作戦だ。
「ははは! そう、誘導したのだ。悔いは残ろうとも恥じることはない。全くない。己と似た能力の相手ほどよく騙される! 加え、先ほどの投擲が腹ではなく頭を狙っていたら、死んでいたのは己だったかもしれないしなあ!」
饒舌に笑うレツは腹から血を流しながらも、余裕の笑みを浮かべながらハンに歩み寄る。礫の貫通による腹部の損傷は致命的で、レツはあと10分もしない内に死ぬだろう。
にも関わらず完全に油断しきっているが……ハンが勝機を見出すにはまるで足りない。二人の決着がこれより10秒もかからないだろうことは、両者とも、はっきりとわかっていた。
「さっきまで異様な回避は?」
いつもより口が回るのは……自身の死期を悟ったからだろうか。
「ああ、ありきたりだが、相手の視線と呼吸、反射の癖でなんとか」
それでもハンは自然と構えをとった。
「凄いね、あんた」
「まあ、実際超凄いからな! ははっ! そろそろいいだろう。最後、いざ尋常に!」
レツも応じるように最後の構えをとる。
「よく言うよ」
「わははは!」
数秒、構えた両者の間で静かな時間が流れ……仕掛けたのは、ハン。
激突に次ぐ打撃音、打撃音、打撃音、
それを破る裂帛の発声、ひと際響いた轟音、うめき声――そして静寂……否、笑い声。
――決着。
半壊した人型の遺骸を踏みにじり笑う少女……レツの勝利。
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