見出し画像

私が住む世界は

私が住む世界は悪意に満ちていた。常に監視されていて外を歩けば悪口を言われ、買い物をしようとすれば商品に危害が加えられている可能性があり、家への帰り道は誰かに付けられていていつか放火される気がした。

なんやかんやあって精神科で病名を告げられ、通院を開始して六年になる。前述の悪意は全部病気のせい、被害妄想で現実ではない。いまお世話になっている先生は三人目で、私より若い、おっとりした口調の女性の先生だ。話をしっかり聞いてくれて、服薬に関しても前の先生の処方では少なすぎるのではないかと量を調整してくれた。

はっきりとは記憶にないんだけど、先生には三年ほどお世話になっている。服薬治療を続けていても病状には波があって、もう昔のように働いて好きな舞台やライブを観に行くことは難しいだろう。映画館へは年に一回行くのが目標で、昨年は名古屋まで出掛けて友人と劇場版おっさんずラブを観た。

私が何か出来たことを報告すると、先生はすごく喜んで褒めてくれる。普段褒められることがないので、ちょっと気恥ずかしい感じもするんだけど嬉しい。思い返してみると私は学生時代も保健室の先生にずいぶん励まされて、なんとか短大卒業までやってこられたんだった。

子どもの頃、やたらあちこち体調が悪くて私はしょっちゅう保健室で休んでいた。自律神経失調症と診断されたけど、いま考えると親子関係のストレスから来るうつ症状が身体に現れていたんじゃないかと思う。祖母も精神疾患の傾向があって、宗教にはまることで心の安定を得ていたので遺伝かもしれない。私はバンドや芸能人を追い掛けることでなんとか心を保っていた。

短大の頃の保健室の先生は、私たちの卒業と同時に辞めてしまわれたんだけど、当時励ましの葉書を頂いたことがある。大事に取ってあったはずが、断捨離で部屋中の物という物を捨てまくった際、まぎれて捨ててしまったらしい。申し訳なさとともに、お元気だといいなと思う。

いま、私が住む世界はそこそこ平穏で、そこそこ恵まれていて、病気や障害のことさえなかったらもうちょっと生きていけるかもしれない。支えてくれる病院の先生や、学生時代に支えてくれた保健室の先生に出会うことが出来て良かった。先のことは何も分からないけど、困った時は誰かに頼ってもいいと、そう思えるのだ。

ここまで読んで頂いてありがとうございます。2020年の目標は「サイゼリヤでエスカルゴを食らう」なので、サポートを頂けるとエスカルゴに一歩近付くことが出来ます。