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天とアズ(仮) #005-B

 この時間は通勤通学に命を懸ける猛者たちもすっかりいなくなり、買い物に行くには早すぎるから一騎当千の名だたる主婦もいない。したがって私は肩で風を切って気ままに散歩を楽しむことが出来る。

 毎度同じようなルートばかりをなぞるから景色は代わり映えしないが、何と言っても今日の散歩はピチピチの若い男に同伴してもらっている。
 こうして一緒に外を歩いてみると、恐ろしい見た目をした魔物風情が来なかった幸運に気付く。
 天という青年は、日本の街中に飛び出しても全く違和感のない普通の見た目をした人物なのだ。
「執筆はうまくいきそうかな」
私ののんびりとしたペースに自然と歩調を合わせてくれる一方で、言葉のトーンは喜びと期待でやや興奮気味だ。
「過剰に期待されるとつらいけど、努力はするから」
 何しろ人生で一度も作品を完結させたことの無い人間だからね。
この弱った状態でどれほどの集中力と創造力を発揮できるのだろうか。
まず手を付けてみないことには自分の能力は見えてこない。
だからもう、進むしかない。まずやってみて、試行錯誤していく他ない。

「どう進めていくか考えながら書くから、相談にはのってね」
「僕はただ急かすだけの遣いじゃないからね。ちゃんとサポートさせてもらうよ」
「頼りにしてます」
 恐らく、いや明らかに5つ以上は年下と思われる青年の言葉がここまで心強く響くってことは、やはり私もまだまだ一人のか弱い乙女ってことなのかもね。

 赤信号に捕まり、二人は立ち止まる。
 路線バスがおこす生温い風に、夏の暑さも峠を越したことを知らされる。確かに殺人的な日差しも影を潜め、鮮やかすぎる空の青さもややマイルドに落ち着いた気がする。

 もう秋になっちゃうのか。
 体がおかしくなって、三度目の秋がすぐそこまで来ている。

エナジードリンク代と医療費に充てさせて頂きます。