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『不足していた注意力』(エッセイ)

これまでの人生で、2回、携帯電話を置き忘れたことがある。

1回目は、電車のホームにあるベンチの上。

その日は、ショッピングを済ませ、自宅へ帰ろうと、1人で電車を待っていた。

その駅は、ただでさえ人が少ないのに加えて、正午近くだったということもあり、ほとんど人はいなかった。

都会とは違って、田舎にあるその駅は、電車が来る間隔が長いので、僕はベンチに座って待っていた。

携帯は、ズボンの右後ろポケットに入れているので、イスに座る時は、必ず携帯をポケットから取り出し、近くに置くクセがあった。

到着時刻になり、電車がやって来たので、僕は乗車した。

電車の中も人は少なかったので、座ることができた。

そして、気づいた。

携帯が、右後ろポケットに、なかった。

さながら恋人との別れを惜しむかのように、急いで電車の窓から外を見ると、さっき僕が座っていたベンチの上に、僕の携帯が、取り残されていた。

慌てて次の駅で降り、再び携帯を置き忘れた駅に戻ったが、もはやベンチの上に、携帯はなかった。

慌てて駅員のところへ行くと、1人の女性が、携帯を駅員に渡している現場を目撃した。

見ると、それは、僕の携帯だった。

「あっ! それ僕の携帯です!」と、いきなりやって来た男が大きな声を出したので、駅員と女性は驚いていたが、事情を話して、なんとか返してもらうことができた。

親切な人って、本当にいるんだね。


2回目は、当時アルバイトをしていた工場にある更衣室のロッカーの上。

ある日、バイトを終えて、更衣室で帰り支度をしていた。

制服に入れていた携帯を、一旦ロッカーの上に置いてから、私服に着替え、職場を後にした。

そして、自転車に乗り、5分か10分ぐらい走行したところで、ふと携帯のことが気になり、右後ろポケットを確認すると、やっぱり、なかった。

一瞬で体中の血の気が引き、慌てて来た道を戻りながら探したけれど、ない。もちろん、カバンの中にも、ない。

残るは更衣室しかないと思ったが、バイトでの疲労と、明日もバイトがあるからという安堵により、とりあえず今日はこのまま帰ろうということで、自分の中で折り合いがついた。

翌日、急いで更衣室に行くと、ロッカーの上に、僕の携帯があった。

当時は、携帯にロックをかけていなかったので、念のため、中を確認してみた。

すると、わけが分からない出会い系サイトやアダルトサイトから、大量のメールが来ていた。

やられた。

盗まれていなかったのが、せめてもの救いだったけれど、やられた。

なんか嫌になったので、そのまま、そのバイトを辞めてやった。


2回とも、かれこれ10年ぐらい前の話になります。

このような「事件」を経て、今では、携帯にロックをかけ、肌見放さず持つようにしています。

何事も経験だけど、今の時代に、こんな事が起きなくて良かったと、心底安心しています。


ちなみに、2回目の「事件」で、勝手に登録された出会い系サイトに、まんまと引っかかり、数十万円を使ってしまった話は、またの機会にしたいと思います。


〈終〉

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