![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/121131718/rectangle_large_type_2_40bd399d37ea771cedcb72cb9a2c7f55.png?width=1200)
【短編小説】#17 アブダクション
———ふふふ
——あはは
居間から楽しそうな二人の声が聞こえる。瀬田蒼の横に座っているのは、とある動物のぬいぐるみ。信じられないかもしれないけど、二人は会話をすることができるのだ。
『いやあ、それは災難だったね。ぼくは知らずに爆睡だったよ』
「へー。私の背中の上にのって全く動かずにじっとしていたから、てっきり怖くて硬直していたと思ったんだけどねぇ」
蒼はぬいぐるみに向かって事の顛末の詳細を話す。うめちゃんと呼ばれるぬいぐるみは、ベッドの上の対角線にちょこんと居座りケラケラと笑いながら蒼のことを茶化す。
『ひょっとして小鳥になった夢でも見たんじゃない? 人間が空中に浮くなんてこと聞いたことないよ』
「そうだよね。私もぬいぐるみが喋るなんて聞いたことなかったしね」
二人の応戦が続く。
「それはそうとこの地域一帯には旧陸軍の軍事基地があったことを知っているかい?」
私の住むこの場所である夜にナイトハイキングをしていた時に、偶然にも旧日本軍の夜間攻撃機を目撃したのだ。
『なるほどね、たぶん蒼はちょっと疲れているんだよ。執筆も投稿も少し控えたほうがいいと思うよ』
私は珍しく相棒のうめちゃんの忠告を素直に受けいれて少しの間noteを休むことにした。ここのところあまりにも色々ありすぎたのだ。
* * *
ベッドの上で毎日何時間もごろごろして、スマホにも飽きて、すっかり変な夢も見なくなった今夜、私はいまこうして執筆をしている。私が休む前に体験したのはこんな話だ。
私はぬいぐるみのうめちゃんと寝ていると、窓の外から突然まばゆい光が差し込み視界が奪われた。あたりは静寂に包まれ、いつもはときおり遠くに聞こえる車のマフラー音もまったく聞こえない。慌ててうめちゃんをぎゅっとすると、体がふわっと宙に浮いてそのまま光の方へ吸い込まれる感覚がした。私の部屋にはシーリングファンが回っているので、その時はあまりにも頭が混乱してファンが屋根を押し上げて家ごと空に浮いているんじゃないかと錯覚したのだ。
仰向けだった体はくるっと回転してうつ伏せになり、うめちゃんが背中の上にちょこんと乗る。そうして私はそのまま意識を失い、そっと瞼を開けるとまばゆかった光から今度は漆黒の闇があたりを支配していた。
——この闇はたぶん、宇宙だ。
ときおり遠くから届く光のまたたきは、赤であったり緑であったりと、まるで夜間を航行する航空機のナビゲーションライトのようだった。もしかして私は宇宙船にでも乗っているのだろうか。地上と変わらず普通に呼吸ができていることを意識すると、ここは何かの乗り物の中であることが理解できた。
アブダクション。
いま私は誰かに連れ去られているのかもしれない。手探りであたりに手を伸ばしてみるが何にもぶつからない。視力は奪われ、瞼を開いてもまるで曇ったフィルターを装着しているかのように濁った水のような景色しか見ることができない。
まただ。あの音が聞こえる。
ギュイーン、ギュイイーン。
ギュイイーン、ギュイーーン。
ギュ・・・、ギュイ・・・ン。
私は両手を広げて飛行機のように旋回を試みる。頭をもたげれば体は下降し、喉を広げれば上昇する。ふと下界を見ると、大きな飛行機が編隊を組んで飛行している姿が見えた。4発のプロペラで航行する銀色の機体には星条旗が描かれている。私はこの爆撃機を斜め下から見上げた記憶がある。
ギュイーン、ギュイイーン。
ギュイイーン、ギュイーーン。
ギュ・・・、ギュイ・・・ン。
爆撃機の編隊は低いエンジン音であたりを威嚇しながら夜空を支配する。その姿はまるでさざなみの水面に映ってゆらゆらと歪んでいるようだった。視界がはっきりしないのは、あいかわらず私の目が曇って見えないからだ。突如、1羽の鳥が目の前に飛び込んできた。
鳥? 短い羽こそあるものの、その体はずんぐりむっくりとした紡錘形だった。そして私は幼い頃にテレビで見たUFO特集を思い出した。あの時、空中に浮かんでいた大きなUFOと呼ばれた物体は目の前のそれと同じように感じた。私はこのUFOにアブダクションされたのだろうか? それともひょっとすると私そのものが地球生命体ではないのかもしれない。じゃないと目の前のこの光景をどうやって説明することができるのだろうか。
『ひょっとして小鳥になった夢でも見たんじゃない? 人間が空中に浮くなんてこと聞いたことないよ』
少なくとも私は小鳥ではなかった。私がもしも小鳥なら、夢を見ている人間であると証明できたはずなのに。
* * *
ベッドの上で毎日何時間もごろごろして、スマホにも飽きて、すっかり変な夢も見なくなったので、こうして私は執筆を再開した。ベッドの横には茶色と白のふわふわとした羽根が1つ落ちていた。きっと掃除をしたときに開けた窓から風に乗って入り込んできたのだろう。
——私にはまだ誰にも話していない秘密がある。
ようやく物語の輪郭が光で浮かび上がってきた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?