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【HEAR公式シナリオ】魔女と私のデッドエンド・バス【ミタヒツヒト@超水道】

ひあひあ~!
「声で”好き”を発信したい人」のための音声投稿サイト、HEAR(ヒアー)公式です。

この記事は、音声投稿サイトHEAR限定で使用できるシナリオ台本です。
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シナリオ作者: ミタヒツヒト(超水道) https://twitter.com/hitsuhito
シナリオ引用元: HEAR公式シナリオ https://note.com/hear/n/n4dab7bf18da6

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▷していいこと・いけないこと
【◎いいこと】
・1人向けのシナリオを複数人で読んでも構いません。
・複数人向けのシナリオを1人で読んでも構いません。
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・物語に合ったBGMや効果音を付けることは大歓迎です。
【×いけないこと】
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以上を守っていただければ、HEARで自由に使っていただいて構いません。

『魔女と私のデッドエンド・バス』本文

降りしきる雨の粒に混じって、また一筋、涙が私の頰を伝った。
その日の終バスを待つ列の最後尾に並んだ時も、停留所にその日の終バスが滑り込んできた時も、私は泣きっぱなしだった。
もう、私を叱った上司がここにいるわけでもないのに。
どちらかと言えば、私は未知の心細さに涙を流していたのだと思う。
上長から業務の不手際を詰められるのも、それで泣いてしまうのにも、悲しいかな、私は慣れっこだった。
でも、叱られて、同僚達の前で声を上げて泣き出してしまって、そんな自分が恥ずかしくて、オフィスを飛び出して、戻る勇気もなく……おまけに雨まで降ってくるなんて。
今日はもう戻れない。
私は恫喝の恐ろしさや、申し訳なさによって泣いたことは一度も無い。
叱られなくてはいけない理不尽と、それに逆らえない自分が情けなくて、いつも、泣いてしまう。
でも、今日は違った。私は心の底からぽっきりと折れてしまったのだ。それが癒える見込みは……見当もつかない。
明日どんな顔をして出勤したら?
ただ生きていたいだけなのに、どうしてこんなに傷つかないといけないの?
飛び抜けて優秀なつもりもないけれど、とびきり怠け者であるつもりもない。精一杯努力をしたのに、それでは足りなかったの?
もちろん、その疑問に答えてくれる人など、どこにもいないだろう。
オフィスを飛び出してきたとき、無意識にハンドバッグを持ち出してきていたから、家に帰ることはできる。
いつもは終電で帰るけれど、今日は途中で抜けて来たから、終バス。こちらの方が一時間ほど早い。どちらにせよ深夜には違いないけれど。
バスの扉が開いて、私の前に並ぶ人々が吸い込まれてゆく。
昔から、路線バスは好きじゃなかった。夜は車内が薄暗いし、運転手はと言えば客への態度は高圧的なくせに自分の運転は荒くて、たまに酔いそうになる。
でも、電車に乗る気にもなれない。それに、このバスの終点の停留所は、私の家のすぐ近くなのだ。今日はあまり歩きたくない気分だし、少なくとも薄暗い車内なら涙と雨で崩れたメイクも目立たないはず。
とぼとぼと乗り込んだ車内は、やっぱりと言うべきか混んでいて、座るのは絶望的に思えた。
いや、待てよ。
「あれ、最後列……」
不思議なことに、最後列、横一列に繋がった座席には、誰も座ることなく、そこだけがぽっかりと空いている。
吐瀉物でも放置されているのだろうか、わからないけれど気になった私は、乗客の合間を縫って、バスの最後列までのろのろと向かう。
座席を目の前にしても、やっぱり様子がおかしかった。みんな、その席が空いているということを気にしていないどころか、その席があることすら忘れているように見えた。
発車します、というアナウンスと共に、バスが急発進する。がくん、とバス全体が揺れて、私はバスの進行方向とは逆方向につんのめって、最後部座席のシートに手を突いた。すると、
「えっ——」
見ている世界が切り替わったみたいに、ほんの一瞬前にはなかったものが、わたしの目に飛び込んできた。
いつの間にか最後部座席の真ん中に、女の人が座っていたのだ。二十代半ばくらい——私と近い年齢。少し裾の膨らんだ、黒いドレスのような豪華な、でもとても古めかしい雰囲気の服を着ている。
着ている本人は私とそんなに歳が変わらないから、少しアンバランスな感じがした。雰囲気のある綺麗な顔立ちをした子だから、何かの撮影の帰りのようにも見えた。衣装のままなんて変だけれど。
でも、そんなのはちっとも大したことじゃなかった。
「あら、あなた、わたしが見えているのね」
「見えてるっていうか、はい、中身まで、見えてます」
彼女の左胸は痛々しくえぐれていて、その傷口の奥には脈打つ塊、おそらく心臓が覗いていた。
呼吸に合わせて傷口から血がこぼれて、黒いドレスに染みこんでゆく。痛くないんだろうか。彼女は涼しい顔をしていた。
「はあ、もう、本当にだめになってきているのね」
「たいじょうぶ、なんですか」
「大丈夫よ。ここ、お座りなさい。揺れて危ないから」
「あっ、はい、ありがとうございます」
「困った時はお互い様だわ。あなたとっても疲れた顔をしてるもの」
私は言われるがままに席に着いた。彼女の言葉には逆らえない何かがあった。
足下に、これも古風な、四角い旅行鞄が立てかけられているのに気が付いた。これも今まで存在にすら気付かなかった。
「力がね、弱まってきてしまったの。わたしみたいな年寄りの魔女にはたまにそういうことがあるって。ほら、今だって人よけの結界が不完全で、あなたに見つかっちゃった」
「魔女?」
「本当はあなたみたいな子に話せない誓いを立てているんだけど、もう正確には違うし、いいわよね、そう、魔女なの、わたし。おどろいた? ふふふ。本当はこれを言ったらあなたとわたしの心臓が同時に破裂する呪いがかかっているんだけど、もう魔女失格だから効力がないの。ある意味爽快だわねえ。あらごめんなさい、歳を取るとお話が長くなるのよ、同年代の魔女はみんなそう! 不思議よねえ……」
「ずいぶん、お若く見えますけど」
「それが魔女ってものなのよ。枯れてきた魔女は魔法の力を捨てて人間として生きるルールなの。でもわたしはそんなのやめてください、って協会にかけあいに行ったら、少しもめてしまって、わたし、けがをしちゃったわ。だから恥ずかしくて結界を張ったの」
「その時の怪我、ですか」
「そうよ。心臓が剥き出しって落ち着かないわ。わたしたちも人間と同じで、心臓がつぶれたら生きていけないもの」
そう言って「魔女」は深いため息をついた。私と変わらないほどに若く見える彼女だけれど、その溜め息だけは彼女の本当の年齢を感じさせる、そういう年季があった。
「ずっと、協会のためにがんばってきたの。本当の女の子だった頃からずっと。大変なこともあるけど気に入ってたの。やめたいんじゃなくて続けたいだけなのに、認めてもらえないのよ」
「私は仕事、やめたいですけど」
バスが停留所に到着して、数人の乗客がバスを降りて、そしてまた乗り込んでくる。私たちのことは座席ごと目に入っていないみたいで、そこにいるのに透明の壁が守ってくれているような安心感があった。
「そうなの?」
魔女が私にそっと尋ねた。この感じには覚えがあった。私の祖母に少し似た雰囲気だ。見た目よりも歳を取っているのは本当なのだと思った。
品良く笑って、品良く怒って、どんな時もおだやかな、『昔の女の子』という感じ。なんだかほっとするような、心を許してしまう感じ。
「嫌すぎて、仕事中に泣いちゃって、逃げ出して来たんです」
気付けば私は、胸の内を吐き出していた。やりたくもない仕事。部下を叱れば仕事が改善すると信じて疑わない上司。給料の安さ。最近不眠気味なこと。それから、将来への不安。行きずりの魔女に話すには少しおかしく思えたけれど、でも、だからこそ何でも話せたとも言えた。
「あなたは若いんですもの、他に仕事がいくらでも見つかるわ。環境を変えればきっと」
「そんなの甘いです! 今の会社に入るのだって、どれだけ努力して、どれだけ妥協したか! 私みたいなのを取りたいところなんて、あるわけない……だから辞められないです、辞めたら生きていけない。これがずっと続くって思うと、辛くて、もう終わりだなって」
閉じた瞼の裏側に、細くて長い道が見えた。暗くてでこぼこで、殺風景で何もない道。どこまでも続く道。
「そうなのね。一緒ね。わたしも終わり。追っ手が来るわ。今度こそ助からない」
「そんな怪我もさせられているんだし、謝ったら許してもらえたりしないんですか?」
「どうかしら、こっちも8人殺してきちゃったから」
「えっ」
「違うの、ほんとうよ、だって向こうがいきなり魔法を飛ばしてくるんですもの! わたしびっくりしちゃって! でも血を凍らせる魔法があって助かったわ。あれは小さな魔力で使える上に魔法の燐光が目に見えないから止められづらくて、それに一瞬で内臓がだめになるから解呪もできないでしょ? あああなた魔法わからないわね、でもそうなのよ、反射的に使ってしまっただけなの」
「普通に大虐殺じゃないですか、それは追いかけられますよ!」
「大虐殺なんてやめて! わたしも混乱していて——殺されまいと必死だったの!——そうじゃなきゃ、こんなけがなんてしないわ!」
「正当防衛ってことですか?」
「そうそれ、正当防衛よ!」
魔女さんは立ち上がると、拳を振り回して私に力説する。胸の穴から血が飛び散って、私の顔にかかる。
私が抗議の声を上げようとしたちょうどその時、バスが揺れて、魔女さんの靴が旅行鞄を思い切り蹴りつける格好になった。蹴りつけられた拍子に旅行鞄の留め具が外れて、中身の一部がバスの床に転がった。
「いたっ……あらあら」
「ええええええ!?」
旅行鞄に詰まっていたのは、大量の札束。一束が百万円だと見積もって、軽く数千万は見て間違いない量だ。反射的に私は旅行鞄とこぼれた中身をひっつかむと、急いで元通りに詰め直して留め具をかけた。
「お金! 札束! 何で!?」
「ちょっと……もらってきたのよ」
座席に座り直した魔女が、気まずそうに言った。
「奪ってきたんじゃなくて?」
「ち、違うわ、本当なのよ! ここにはもういられないと思って、死ぬ前にふるさとに帰ろうとしたの。娘時分の集団就職以来、帰っていないから。旅費がいると思って、協会の金庫から少し借りなきゃいけなかったの。でも見つかってしまって……ちゃんと頼んだのよ?」
「それで渡す人いませんよ」
「そうよね、現に金庫番の魔女も……あっ、だから全部で9人だったわ。ごめんなさい」
「9人殺して資金を奪って高飛びって……あの、追いかける方も本気で追いかけるやつですよ」
「あるいは、追いかけなくても、ね。この傷は魔法でつけられた傷なの。少しずつわたしをむしばんでゆく。特別な方法でしか直せない、強い呪い。本当は特別な方法で呪いごと焼き切るしかないけれど、無理ね」
「特別な方法?」
「誰か、他の人の大切なものを、その存在を喰らうの。強い魔力になるから……でも、わたしに大事なものをくれるひとなんて、もうどこにもいない。だから、追っ手に殺されるのとはどっちが先かしらね」
「そんなの……」
「そんな悲しい顔をしないの。死ぬのはあなたじゃない、わたしでしょう? 死ぬ前にふるさとに帰りたくて、でも全然わからなくて、とりあえずバスに乗ったのよ。ねえ、このバスって北に向かっているかしら? ふるさとはうんと北なの」
「どっちかって言うと南ですね」
「はぁ……この調子では生きてるうちにたどり着けそうにないわね。ざんねん」
「そんなの、悲しいです」
赤信号でバスが停車して、また旅行鞄が不安定に揺れた。とっさに足で支える。こんな大金をこんなずさんに持ち運ぶなんて。
そのとき、私の脳裏に、ある考えが浮かんだ。
『このままこの鞄を持って逃げたらどうなるのだろう?』
ある意味、私の一生を通して、最も冴えた思いつきかもしれなかった。
魔女の姿は誰にも見えていない。隙を見て剥き出しの心臓を握り潰して殺す。素早くスーツケースを掴んで、バスを降りる。誰にもばれはしない。
旅行鞄の中身は数千万円。私が十年働いたって得られない大金。人生を立て直すには、十分すぎる。
油断させるために、何気なく話しかけて、それから不意を突こう。『あの、相談があるんですけど』と話しかけることにしよう。彼女は人がいいからきっと親身になって話を聞こうとしてくれるはずだ。
車内にアナウンスが響く。間もなく次の停留所だ。この停留所を逃したら、その次は終点。決行するなら、今しかない。
今までさんざん、世の中に痛めつけられてきた。私はずっと正直に、ルールを守ってやってきた。その結果が今だ。こんなのおかしいと思っていた。いつかやり返したいと、そう思っていた。
それが、今なんじゃないだろうか。
どうせ、この人も大量に仲間を殺している。報いを受けるには十分すぎる行いをしているじゃないか。
さっき、魔女は、「必死だった」と言った。
私だって必死なんだ。
だから、やらなきゃいけない。
やりたくなかったとしても。
バスが実際に停留所に着くまでには、思いのほか時間がかかった。
赤信号に何度も引っかかったからだ。
とても勇気の要る決断だった。けれど、勇気を振り絞るなら、今しかないのだ。
おかげで、気持ちを固める時間ができたのは、ありがたいことだった。
バスの降り口のドアが開く。乗客のひとりが座席から立ち上がって、バスを降りた。まだドアは開いている。
「あの、相談があるんですけど」
「なあに?」
私は、膝に置いていた手を上げて、そして、魔女の胸の前に——突き出した。
「なあに、これは」
目の前に突き出された二枚のカードが何であるかわからないようで、魔女は目をぱちくりとさせた。
「社員証と健康保険証、です。えっと、私の仕事と身分を保障する、大事なもので、それを使えば、きっと、その傷も、ちょっとは良くなるんじゃないかな、と」
「だめよ……嬉しいけれど……そんなもの、受け取れないわ! その優しさは、もっと他の人に向けてあげて?」
「代わりに、私はあなたをふるさとまで連れていきます。私にはそれができると思う。それが成功したら、そのお金の半分を私にくれる約束、しませんか」
それがどんなに自分にとって得になるとしても、やりたくないことをやるのは嫌だった。そんなの、今までと何も変わりがない。
アナウンスに続いて、バスの扉が閉まる。
これでいいんだ、と思った。
「クミちゃん……」
「私の名前、どうして」
「あら、ごめんなさい。勝手に占ってしまったの。これでお別れなのに、名前も知らないままなんて寂しくて」
「もう。そんなの、聞いてくれたらよかったのに」
「それで……答えは?」
「クミちゃんは、後悔しないのね?」
この道はどこにも続いていないのはあきらかで。
でも、私が他に選べる道と言ったら、無限の苦しみがずっと続く道だけで。
それなら、好きな方を選びたい、と思った。
そう決めてしまえば、心はどこまでも晴れやかだった。
「わたし、追われているのよ。クミちゃんも危険よ」
「次もきっと皆殺しですよ」
「でも!」
「だってあなた、すごく心細そうな顔をしてるんですもん。困ったときは助け合い、って、魔女さんが言ったんですよ」
魔女さんの頬を、一筋の涙が伝うのが見えた。そして有無を言わせない勢いで私を抱きしめるものだから、私たちは今やおそろいで血まみれになっていた。
「わたし、人間のお友達ができるなんて思わなかったわ!」
「友達ってだけじゃないですよ、共犯者でもあるんですから!」
「まあ、ぶっそうなのね! でもわたし、うれしいっ」
運転手の無機質なアナウンスが車内に響いた。次は終点。そして降りるべき駅。
とりあえず私の家に一度寄って着替えないと。お風呂も。なんだかお腹も空いてきたから、ご飯も食べよう。
改めて自己紹介をして、この人の名前を聞いて、そして、計画を立てないと。
ぜんぶ、これからはじまるのだ。
バスは停留所に近づきつつあった。
わたしたちの新しい道は、終点からはじまる。

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