吉野弘さん 『虹の足』

虹の足

雨があがって
雲間から
乾麺みたいに真直な
陽射しがたくさん地上に刺さり
行手に榛名山が見えたところ
山路を登るバスの中で見たのだ、虹の足を。
眼下にひろがる田圃の上に
虹がそっと足を下ろしたのを!
野面にすらりと足を置いて
虹のアーチが軽やかに
すっくと空に立ったのを!
その虹の足の底に
小さな村といくつかの家が
すっぽり抱かれて染められていたのだ。
それなのに
家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない。
――― おーい、君の家が虹の中にあるぞオ
乗客たちは頬を火照らせ
野面に立った虹の足に見とれた。
多分、あれはバスの中の僕らには見えて
村の人々には見えないのだ。
そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で
格別驚きもせず
幸福に生きていることが――。



私は、私に与えられた幸せや喜びに感謝するよりも、他人をうらやむことの方が多い気がしています。
与えられている幸せに、気づくことすら少ないかもしれません。

それでも、わたしたちは、たくさんの恵みの中で生きています。

幸せに気づいていようといまいと、人はそれぞれ、その人独自の「幸福」の中にいるのだと思います。

他人と比べる必要もなく、誰かに認めてもらう必要もなく、ただ、幸福の中にいるのだという事実を、受け入れるだけでいいのだと思います。

他人からしか見えない、自分では気づけない、それが「幸せ」だなんて想像すらしたことのない幸福の中で、生きているのだと、知っておくだけでいいのだと思います。

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