見出し画像

奈良クラブを100倍楽しむ方法#009 第10節対松本山雅 “それはスポットライトではない”

 試合終了後、メインスタンドで観戦していた僕は、急ぎゴール裏へ移動した。近くで選手たちの表情を見て、彼らを鼓舞しなければならないと考えたからだ。チームの主将である都並選手は先頭で全員の労をねぎらい、鈴木選手の目には汗ではないものが確認できた。ゴール裏で出迎えた奈良クラブのファンたちは、彼らが死力を尽くしたこと、それでも試合前に期待した結果を得られなかったこと、そして彼らの目は全く死んでいないことを目に焼き付けた。
 2−2。2点を先行しながらの引き分け。試合終盤の攻防は「負けなかった」という印象もあれば、最後のチャンスをものにできていれば「勝てた」かもしれない試合。そもそも2点を先行した時点で、勝利はほぼ手の中にあった。今日の試合をどう消化すべきか、そういうモヤモヤした気持ちは、選手たちの表情を見たこと、そして試合後の都並選手のスピーチで、霧が晴れるようになくなった。そう、これこそフットボールだ。


もっと光を!

 ハイライトの動画もあるので、そこに含まれない部分も付け加えて試合の様子を振り返る。試合開始早々、口火を切ったのは中島選手だ。やや遠いところからミドルシュート。ゴールには結び付かなかったが、先にシュートをするのは俺たちだという意思を感じた。入りは悪くない。そして、その次のプレーで先制点が生まれる。ゴールしたのは西田選手だ。流れるようなパス交換から國武選手(また髪型を変えた)のパスが相手に当たり西田選手の足元へ。冷静に流し込んで奈良クラブが一歩リード。
 なお、その後のみんなで両腕を振るパフォーマンスは「ゆりかごダンス」と言って、チームの中で子どもさんが生まれたことを祝福する意味があります。見たことはあるけど、生で見れることは結構レアなので、見れた人はラッキーです。おめでとう!
 早い時間に点が入ったことで奈良クラブはイケイケにならずにじっくりと相手の様子をみようという印象。しかし、松本の守備がはっきりしない。奈良クラブのストロングポイントはサイドにあるが、サイドを止めたいのかボールに行くのかがあまり見えず、自分たちのゾーンをとりあえず一生懸命に守ろうというような意図を感じる。ただし、これはあまり成功しているとは思えなかった。お互いコンディションも考慮せねばならず、前半は1−0でもOKということなのだろうか。
 奈良クラブも、守備ブロックの外側でボールを回させている分には大丈夫だという感じで、余裕を持って試合を進める。自分たちでボールを回しているとき(保持と言います)に、無理に蹴らないで丁寧に繋ごう、ゆっくり回して休憩しよう、というポゼッションのためのポゼッションの時間が確保できたことが前半見られた成長の様子だ。加えて、この試合は中島選手が今までよりも動きのスペースを広くとり、逆に堀内選手はできるだけ動かないようにしている意図を感じた。「面白いな」と思ったのは、中島選手が守備ラインの真ん中まで下がる、いわゆる「ダウン3」の形を取ることが度々あったことだ。真ん中が渋滞しているせいで、両サイドへのパスコースが遮断されていたので、中島選手がバックラインから長いボールで両サイドに散らすロブボールを何度か蹴っていた。これはこれからも続けてほしい。ただ、かなりの運動量を彼には強いることになるので、負担軽減のためにもチーム全体での約束事を構築していく必要もある。これは総括で詳しく述べる。ともあれ、これまでの奈良クラブの失点パターンであった両サイドバックが上がる後のスペースを埋めること、あるいはボールの逃げ道を作るための作戦としてはうまくはまっていたように見える。松本もそこまではプレスに来ないので、落ち着いてボールを回せる時間ができたことが良かった。
 ボールを持っていないとき(非保持といいます)のディフェンスはマンツーマン気味で、空いたスペースを堀内がカバーする約束のように見えた。途中、相手の左サイドの選手が右サイドまで流れてきた時は、マーカーである生駒選手は受け渡しをせずにそのまま着いていくシーンもあった。相手がボールをバックライン近くで動かすときは、中島選手とと國武選手でプレッシャーをかける。これまで守備で光るものがあった國武選手だが、この試合もかなり効いていたし、先制点のシーンにも絡むことができた。あとはゴールだ。
 前半の奈良クラブのコーナーキックのシーンでは、フリアン監督がメインスタンドに「もっと応援をくれ!」とアピールしていた。この試合にかける彼の情熱を感じたし、メインスタンドのお客さんもそれに応えてメガホンでプレッシャーをかける。この試合、どうしても勝たないといけない。しかし、それは松本も同じ。このままで終わるはずがない、という嵐の前の静けさのような余韻を残し、前半が終了した。

 後半。開始早々に奈良クラブ追加点。決めたのは後半から嫁阪選手に変わって投入された岡田選手だ。この得点シーンは、実はこれまでの奈良クラブの得点にはなかった要素がある。かつてどこかの試合でも書いたが、岡田選手にクロスを上げた生駒選手は、ゴールラインギリギリから蹴っている。ここまで相手の陣内に侵入し、マイナス方向のラストパスでゴールを奪うことはなかなか見られなかった。また、決めたのは岡田選手だが、このシーンでは百田選手が囮となってニアサイドに突っ込んでいるし、國武選手はフリーでペナルティエリアに侵入している。完全に相手の守備を崩し切ったゴールだ。素晴らしい得点のシーンだった。
 岡田選手は試合前から非常に集中した印象だった。あまり表立ってファンサービスをする選手ではないのだが(悪い意味はない。得意不得意もある)、この試合は試合前の練習からメインスタンドに「応援をよろしく」というアピールをしていた。「めずらしいな」と思ったのだが、出てきてファーストタッチでゴールを決めてしまった。すごい!
 さあ、ここから45分、どのように試合を進めるのか。ただ、ここから選手同士にやや意図のずれが見られた。要は「3点目を取りに行こう」なのか「2点差をキープ」なのかで、ほんの少しのずれが生じる。ただ、この「ほんの少しのずれ」が徐々に大きな歪みになる。逆に松本はやることはひとつだ。3点目のリスクを覚悟で点をとりに行くだけで良い。前半よりもサイドに人数をかけ、奈良クラブを押し込み始める。奈良クラブはサイドがストロングポイントと書いたが、逆にサイドバックの裏のスペースは常にリスクだ。また、ウィングの選手は非保持のときは中に絞るので、サイドバックは一人で二人の相手をケアするような状態になる。逆に言うと、それは松本の側にも後ろは大きなスペースがあるわけで、奪った瞬間は奈良クラブがチャンスになる可能性がある。このスペースを狙いたい選手と、相手の勢いを殺したい選手の気持ちのずれが、単純なパスミスという形で現れる。後半の同点にされるまで、奈良クラブは有効な攻撃をすることができていない。ボールを奪取した後に、選手の動きと反対方向にパスが出て、また相手ボールになるというシーンがかなりあった。こうして連続攻撃を受けてしまうと、どうしても相手に決定機が生まれてしまう。なまじこの日は2得点ともにカウンターからの得点で、松本の守備もそこまで上手という感じではなかったから、とりに行きたい気持ちもわかる。どちらが良い、というよりも、どちらかに決めておくことが必要だと感じていた。
 そんな危惧は現実のものとなり、松本が1点を返す。ロングボールのレイオフを受けた選手に対して國武選手の帰陣が一瞬遅れる。いわゆるバイタルエリアでフリーになられ、振り抜かれたシュートはゴールに突き刺さり失点。ここが「攻めたい」のか「キープ」なのかの歪みが出たところである。おそらく國武選手には「もっと点が取れる」という気持ちがあったのだろう。そういう気持ちのずれを修正するため、失点後すぐに奈良クラブの選手たちは円陣をくみ、どうすべきかの意思統一を図っていた。こうしたことを自発的にできるようになったのも、チームとして成長をしようとしている姿だと見えた。

本当に修正されたこと

 その後、お馴染みのセットプレーからニアサイドで合わされて同点にされてしまう。ここについてはチームの方針もあると思うので、安易な批判はしない。同じパターンということは、かならず修正できる。大事なことは、この失点をしたことよりも、その後のチームの姿だ。
 同点されてしまったら、誰もが落ち込んでしまう。選手なら尚更だ。しかし、ここから奈良クラブは這いあがろうとする。立役者は、下川選手の怪我で交代出場した(ベンチの様子を見ていると、怪我がなくても投入する予定があったのだろう)都並選手、そしてついに登場した田村選手だ。
 特に都並選手が入ってから、奈良クラブのなかに落ち着きが感じられた。もちろん、松本も「ここまで来たからには逆転だ」と攻勢をかける。危ないシーンもあったが、奈良クラブもそれをひっくり返してチャンスを作った。終了間際、本当に惜しいシーンが岡田選手にあったが、しっかり反発したこと、この状況を打開しようとする姿勢にはとても力強いものが見えた。これについては、誰の目にも明らかな修正点だった。岡田選手はカットインからのシュートが得意だが、めちゃくちゃ好きな選手だからこそ、あのシュートは枠に飛ばして欲しかった。決めてヒーローになってほしかった。スルーから岡田選手がボールを受け、切り返してシュート。そこまでがスローモーションのように目に焼き付いている。スタジアム全体が彼の動きに釘付けだった。スタジアム全体が、グッと息を呑むような緊張感があった。ああいう空気感は、本当にたまらない。テレビではその全てが伝わらない。その後の悔しがり方は、ゴールと勝利に飢えていることをしっかりと伝えてくれた。次は絶対に決めてくれるはずだ。
 加えて田村選手のような遊び心のあるプレーも、チームに良い影響を与えたと思う。彼はトラップがめちゃくちゃ上手い。ロングボールをぴたりと足元に止め、全体に「間」をつくる。彼のキャラクターを含め、これからの奈良クラブになくてはならない選手になりそうな予感があった。かつて暗黒時代と呼ばれたFCバルセロナに、底抜けに明るいロナウジーニョが移籍し、チーム全体の雰囲気を変えたことがあったが、そういう効果を期待したい。「クヨクヨするなよ、楽しもうぜ!」という意志を彼のプレーの随所で見ることができた。
 死力を尽くした両チームの激闘は2−2のドローで決着。悔しさ、安堵、未来への希望、さまざまに入り混じる気持ちを抱え、ゴール裏へと移動した僕が見た風景が、冒頭の様子であった。

時計も修正され、新型が登した。

そこに光がある限りは

 戦術的な部分では、ここ数試合でずっと狙われているサイドバックの裏のスペースへのケアが見られた。ここは重要なポイントである。
 良いフットボールができているとき、それはバランスが取れている時である。中庸といってもいいかもしれない。奈良クラブはときおり、これを欠いている瞬間があり、そこを狙われて失点している。特に思うのは両サイドバックが上がってしまうときだ。下川選手が前線まで上がった時に、生駒選手はどこいにいるのかを、この日は常に確認していたが、最終ラインの少し前で止まっている様子があった。逆もそうだ。これでとりあえず3人は後ろに残しているので、カウンターへの対処をしていた。おそらく、これは決め事としてあったように思う。
 奈良クラブは4−1−2−3のフォーメーションを基本としているので、1の堀内選手(このポジションはアンカーといったりピボーテといったりする)の両サイドが手薄になる構造的な欠陥がある。(1失点目のシーンを思い出してほしい)。ここをどうケアするのかが課題なのだが、サイドバックが中に絞ってスペースを消す、という方法がある。もちろん、大外をサイドバックが駆け上がりクロスを上げるシーンは迫力があり、盛り上がるだ、こうしたリスクマネージメントも今後はしっかりしていくことであろう。この試合には、その傾向があったので続けてほしい。両サイドがあがるなら、中島選手がディフェンスまで落ちた3バックの形成もありだ。特に中島選手は長いボールが蹴れる。これは堀内選手にはない特徴だ。マルク・ビトのロングフィード以外にも長距離のパスが出てくれば、相手をもっと自陣に釘付けにできる。堀内選手はもう少しレンジの短いパス交換からリズムを作るので、こうしたパスの長さで相手の的を絞らせない攻撃ができれば、より多彩になるはずだ。
 逆サイドだけでなく、ボールサイドでも工夫が欲しいところだが、これはチームのやり方もあるのでいくつかの選択肢の中から選べば良いと思う。奈良クラブは結構リスクを大きいフットボールを展開しているので、失点はゼロにはなかなかできない。去年の堅守はもちろんだが、守備が強かったというよりも、キープする時間が長かったわけで、やられる時は今年と同様にやられていた。そして、奈良クラブ的なフットボールはシステマチックになりすぎてしまうと、それゆえに対策しやすいという裏の面もある。なので、「なにをしでかすかわからない」田村選手のような存在は重要だ。先ほど彼はトラップが上手いと書いたが、その後のボールの持ち方もかなりセンスがある。持った後、「なんでもできますよ」という相手に的を絞らせないボールの持ち方をするので、対峙する選手はかなり嫌だろう。いわゆる「ボールを晒す」という、相手が動いた逆をつく持ち方をする、かなり曲者のタイプだ。今後、彼のプレーをたくさん見たいな!と思わせる選手だった。
 あえていうなら、タッチラインにウィングとサイドバックが並ぶ形はリスクが大きい。でボールロストの時に中への守備対応が遅れるからだ。できれば、ウィングがタッチラインまで広がり、そこを頂点とした三角形をつくりょうな立ち位置が良いと思う。奈良クラブのウィングの選手はボールがキープできる。2対1になっても勝負できる強みがある。この良さをもっと生かしたい。
 そして、なによりこの日の奈良クラブには反発する姿勢があり、選手たちの目はまったく死んでなかった。「がんばれ」という言葉ではないエールがたくさん飛んでいた。どっちかというと「がんばろう」「自分たちは見放さないぞ」という内容のエールだったと思う。選手たちは、全力で戦っている。これは紛れも無い事実であり、「勝つ気があるのか」というような疑念が一切ない。全て出し切ってこの結果なのだから、結果は受け入れるしかない。これは変えられない。変えらるものはなにか?それを考えたい。
 個人的には、メインスタンドから見ている者としては、今日のメインスタンドは熱かった。プレゼントのメガホンも相まって、試合に入り込めていた。僕ができること、それは良いプレーにきちんとリアクションすることだと思う。例えば、中島選手のロングフィードがぴたりとウィングに通るとき、澤田選手が体を入れ替えて相手からボールを隠す時にきちんと拍手をすること。ウィングの選手がドリブルを仕掛ける時に勇気を与えるような声をだすこと。交代選手が入るときは、しっかりと拍手で迎えて送り出すこと。相手選手であっても、もし怪我での交代を余儀なくされたときは拍手で怪我の完治を願い、健闘を讃えること。カウンターが発動した時にスタジアム全体が集中できること、そういう形で後押しできれば、もっと面白いのではないかと思う。こうして文化が生まれるのだ。
 この日もゴール裏の方々は松本の大応援団と対峙しても、負けることなく声援を送っていた。メインスタンドにもできることがあるはずだ。

“私たち”としての奈良クラブ

 試合後、この日は「ふれあいサッカー」ということで、子どもたちと選手がサッカーをするイベントが行われた。選手にもいろいろな気持ちがあったろうが、子どもたちと一緒に楽しそうにしていた様子には、心が癒された。プレーすることは喜びなのだ。「疲れもあるだろうし、酷かもなあ」と思っていたが、逆に選手たちにとって良かったのかもしれない。終わった後、選手たちの表情はとても晴れやかであった。
 かつてNHKの名物アナウンサーだった山本浩は、日本代表が初めてのワールドカップ出場を決めたジョホールバルでの決戦のとき、このような言葉を残した。

「このピッチの上、円陣を組んで、今散った日本代表は……私たちにとって“彼ら”ではありません。これは、“私たちそのもの”です」

山本浩

 往年のファンなら必ず覚えている名フレーズである。そして僕は、この日の奈良クラブに自分を投影していまっていることに気づいた。
 試合前のバス待ちから、この日は熱量が高かった。メインだとかゴール裏だとか、そういうカテゴリーではなく、今日は勝ちたいのだという思いが溢れていた。正直、バス待ちだけで泣きそうになった。応援している自分が応援されているような、妙な気持ちになってしまった。なんとなく不器用で、結果がなかなか出ないけど、それでも足掻く奈良クラブの選手たちに、自分を投影していまっている人は多いのでは無いだろうか。そう、奈良クラブは「彼ら」というよりも「私たち」に近い存在なのだと思う。こういうクラブは、実はそんなにない。J3らしさと言えばそれまでだが、クラブが掲げる「奈良一体」という言葉がとてもふさわしいと思う。
 試合後、都並選手はファンたちに素晴らしいスピーチをした。「プロだから批判は受け入れる。結果で示すか無い。」と彼は語った。こういう振る舞いもプレーというなら、これか彼にしかできないプレーだった。見ている人に力を与える姿だった。少なくとも、僕は都並選手の姿に感動したし、このような人になりたいと感じた。まだ何も終わってない。フットボールは続いていく。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?