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奈良クラブを100倍楽しむ方法#016 第17節対ギラヴァンツ北九州 ”Bitter Sweet Symphony"

 敗戦を受け入れるのは辛い。勝負の世界は、どちらも「負けよう」と思って試合をすることはない。それでも、かならず勝ち負けはつくものだ。見たくない現実を見ることでしか、次なる未来に進むことはできない。
 今節対峙したギラヴァンツ北九州は、非常にタフで反発力があり、勝つことに貪欲なチームだ。この試合に臨むにあたり、いつも通り直近の試合のハイライトを見返し、気になるシーンはDAZNで見直してみたが、正直なところ奈良クラブの勝ち筋が見えなかった。本職の分析担当者もかなり苦労したのではないだろうか。それぐらい、奈良クラブというチームにとって組みにくい相手だった。そこからこの試合を振り返ってみよう。

試合前のプレビュー

 ツリーでまとめたのがこちらのポストになる。繰り返しになるがリンクを押すのも面倒なので、もう一度まとめてみようと思う。
 北九州のフォーメーションは4−2−3−1。このフォーメーションは00年代にスペインリーグで多用されヨーロッパを圧巻する。今回は加湿器マンさんに誘っていただいて、試合中スペースで話させてもらったが、そのなかにもこの布陣の特徴を少し話すことができた。
 このフォーメーションは「なんでもできる」ことが特徴だ。そのなかでも得意なことがあり、サイドでの数的優位を作りやすいことがそれである。ヨーロッパではこのフォーメーションが出る前は3−5−2で、トップ下のクオリティで勝負するセリエAのチームが席巻していたのだが、4−2−3−1を最も活用したデポルティボ・ラ・コルーニャというチームがリーグ制覇、チャンピオンズリーグでも上位に食い込む活躍を見せ、一躍脚光を浴びることとなった。試合中も話したが、3−5−2はサイドの選手が一人に対し、4−2−3−1はサイドに常時2人を置きトップ下の選手やボランチがサポートに入り一人加えた3人で崩すことができる。そこに強力なFW(パンディアーニやマカーイ、懐かしいですね)にサイドからボールを供給することで得点を量産した。また、「2」にあたる2人の守備的ミッドフィルダーと「3」の真ん中のトップ下の選手の組み合わせで守備的にも攻撃的にもできるということで、試合展開でどのようにも対応できる懐の広さがある。デポルティボもバレロン(懐かしい)というバランスをとるタイプのトップ下のときと、ジャウミーニャ(ああ、懐かしい)という、計算不可能性の塊のようなブラジル人が先発するときとでは、チームの性格がかなり違ったのを記憶している。余談であるが、スペインリーグにはモストヴォイ(セルタ・デ・ヴィーゴ)、ゲレーロ(アスレティック・クラブ)、ラウール、グティ(マドリー)、キコ(アトレティコ)などなど、このポジションの選手が花盛りだった。ここからリーガ全盛期が始まったのだ。
 おそらく、現代ではこれが基本のフォーメーションになっているのではないだろうか。4列表記が始まったのもこのフォーメーションがきっかけだ。ちなみに、この頃にバルセロナで活躍していたのがペップ・グアルディオラで、そのときの通訳や助監督をしていたのがジョゼ・モウリーニョである。彼らのフットボールスタイルのルーツはこの時期にある。

 この流れでいくと、ギラヴァンツ北九州と4−2−3−1という布陣は完璧なマッチングになる。永井選手という典型的なセンターフォワードタイプの選手が在籍し、献身的で運動量を惜しまない選手がずらりと並ぶ。個々に特徴があるわけではないが、チームの方針をしっかりと理解し、それを忠実にピッチで再現しようとする選手たちが揃っているのだ。まさに、デポルティボそのものである。
 加えて、彼らは諦めるということを知らない。先日の天皇杯でも、J1のアルビレックス新潟を相手に後半アディショナルタイムに勝ち越されながらも追いつき、4−4という壮絶な死闘を繰り広げてきた。ターンオーバーでサブの選手主体であったとはいえ、いやむしろだからこそ、戦う意志がチーム全体で統一されていることがわかる。
 比較しやすいのは相模原だろう。彼らはやってくることが決まっているので、じゃんけんをする前に「絶対にパーを出しますよ」と宣言しているようなものである。そのパーが強力なので負けてしまうときもあるし、こちらが有効なチョキを出せれば勝つ予測もできる。翻って北九州は、後出しジャンケンで常に相子にしてしまう。相子を出し続けて、それで勝ちや引き分けに持ち込む粘り強さがある。どちらかというと、「自分たちの長所のぶつけ合い」がカルチャーにように見えるJ3にあって、北九州は「相手の良さを消す」というJ2っぽいカルチャーがある。これと天皇杯での善戦は無縁ではない。奈良クラブのストロングポイントは確かにあるが、彼らなら対応してくるだろう、というのは火を見るよりも明らかだ。この試合は間違いなくタフな試合になる。

奈良クラブは何をしようとしていたのか

 奈良クラブのスタメンはこのようになった。何も異論がない。シーズン当初は試行錯誤があったが、この形に固まってきて調子も上がってきている。ただし、この試合ではパトリックがサブに入っていなかった。これにはやや疑問が残る。
 ギラヴァンツ北九州は約束事に忠実なチームだ。奈良クラブの攻撃パターンもしっかりと対策してくるはずである。奈良クラブのなかで個人の能力で局面を打開できる選手は少ない。となると、相手の予想を上回るようなプレーができる選手が必要だ。パトリック選手は、正直なところここ最近のパフォーマンスはあまり良くない。本人が一番それは感じているところなのだろうが、だからこそ、彼には「なにをしでかすかわからない」計算不可能性がある。八戸戦でも、いきなりのボレーで決勝点を叩き込んだ。そういう選手がいないということは、試合プランとしては先制をしてそのまま逃げ切るとうのが全体の意図だったのだろう。それは間違いではない。間違いではないが、諦めないことが信条の北九州相手に、それが100%通用するのだろうか。できればこの不安は当たってほしくないなという気持ちのなかで、試合はキックオフを迎えた。

計算不可能性はどこにあったのか

 試合序盤から北九州のほぼオールコートのプレッシングと、そこからの「前へ前へ」というパスワークに受けてしまう奈良クラブ。やはり永井選手をという目標がある分、パス出しに迷いがない。また、永井選手にボールが入った後の展開についてはおそらくパターン化されているのだろう。人は入れ替わってもパスコースが必ずできるよう、スペースに選手がどんどん入ってくる。見事としか言いようがない。とりあえず、最初の波は耐えるしかない。
 どんなチームでもこの強度では1試合もたない。前半15分ごろから北九州の攻勢はひと段落し、奈良クラブにもボールを持つ余裕が生まれる。序盤に輝いたのは國武選手だ。北九州はプレッシングのラインを少し下げ、DFと堀内選手からパスが出た相手のボールを奪う作戦にでる。この試合、百田選手はほとんど下がってくることはなく、受けに戻るのはほとんどが國武選手だった。完全に狙われているなかでも、國武選手はボールを失わない。ワンタッチで叩いたり、ドリブルで交わしたりとボール回しの起点となって奈良クラブのリズムを作っていく。北九州は國武選手にダブルチームでボールを奪おうとする場面もあったが、それでも交わしてパスにしてしまうので、ジリジリと奈良クラブが押し込む展開となっていく。この流れで獲得したコーナーキックを生駒選手が華麗に頭で合わせて先制。完全に奈良クラブの計算通りの展開だ。
 しかし、前述の通り、北九州にとって失点は奮起する材料にはなっても、決して落胆するきっかけにはならない。ならば、と北九州もサイドから、中央からと再度攻勢をかける。特にボールを持っていないときの奈良クラブの4−4−2に対して、4−2−3−1は中央で一枚多い状態になるので、奈良クラブは北九州の選手を捕まえきれない。危ないシーンが何度かあり、そしてコーナーキックから同点打を浴びる。そこからはお互い「1−1でいいですよね」という暗黙の了解も見える中で前半終了。
 ここまでは予想通りだが、同点にされるのが早すぎた。相手に焦りを生み出すような展開にならず、前向きな気持ちで後半を迎えたことで、奈良クラブとしては厳しい展開となる。なにせ、先行されると今日のメンバーでは追いつくのは困難だ。是が非でも勝ち越して、逃げきらなければならない。
 こういうような思惑で、後半の開始当初は奈良クラブが攻めに出る。しかし、今日は特にサイドへの展開が完全に封じられる。フットボールの守備にはいろいろな分類ができるが、今日の北九州はボールの出し手ではなく、受けてへの徹底的なプレッシングを敢行する。どこでも数的有利をつくれる布陣の特性を活かして、集中力を切らすことなく岡田選手や嫁阪選手にボールを収めさせない。サイドバックもサポートに来るのだが、ボールを奪うとその裏のスペースを使って攻めてくるので迂闊に上がることもできない。徐々に奈良クラブの攻めに疲れが見えてきたところで勝ち越し点を献上してしまう。これは相手が一枚上だった。失点のシーンの直前は奈良クラブのビッグチャンスだった。攻められたサイドから同じサイドからひっくり返してのカウンターアタックが成功している。これは狙っていた形なのだろう。スローをしたゴールキーパーには全く迷いが見られなかった。
 また、永井選手のシュートの時の冷静さは敵ながらあっぱれである。試合中も話したが、フリーのシュートほど難しいものはない。「絶対に決めなければ」というプレッシャーのなかで、冷静に逆サイドへゴロのシュートを流し込めたのは、簡単そうで難しいプレーだった。ここまで冷静に流し込まれると、さすがの鬼神岡田慎司選手でも止められない。一番危険と見ていた選手に決められてしまった。非常にまずい。
 その後、奈良クラブは選手を交代し、どうにか同点にしようとするのだが、いかんせん上手くいかない。ただし、ここでフリアン監督は勝負に出る。嫁阪選手に変えて田村選手は予想通りだ。しかし、さらにセンターバックの澤田選手をさげ、そこに神垣選手を投入。センターバックには堀内選手が入った。サイドバックだけでなく、センターバックまでしてしまう堀内選手。信頼のほどがうかがえる。さらに森田選手、都並選手も投入しどうにか打開を図ろうとする。
 おそらく、パスの出所を多くして相手のプレスを回避し、田村選手や岡田選手のドリブルを引き出そうとしたのではないか。全体では劣勢でも局面を打開すればまだ勝機はある。そのサポートに森田選手を配置し、ドリブルがダメだった時のためにボールを引き取って次なる展開に持ち込もうとしたように思う。初めて見る選手起用だった。
 デポルティボもある時期から急速に失速するのだが、それは彼らがシステマティックになりすぎたせいで、逆に相手も対策しやすくなったというのが要因である、また、システムのなかで変化を加えられる選手が衰えたということもある。奈良クラブは彼らのシステムを超えるような何かを示そうとした。この交代策にはドキドキしたし、何かが起こるかもしれないという期待感があった。
 結果から言うとこの方法は上手くいかなかった。しかし、これまではここまで積極的な采配をフリアン監督が見せたことはない。フリアン監督自身が、計算不可能性に賭けた采配であったが不発に終わり、痛い痛い敗戦となった。それでも、彼がこういう采配をするのは稀であり、この試合への執念は見ることができた。こうしたことは結果論なので、当たったかどうかは批判の対象ではない。奈良クラブも全力でぶつかっていったのだ。

I am here, in my mould.

 負けてしまったし、混戦のJ3においては一つの勝利の重み以上に、1つの敗戦は痛い。しばらくこの混戦は続くだろうが、その渦中で「勝ったり負けたり」をしていないと、離されると追いつくのは困難である。次節はアウェーでの沼津戦。厳しい戦いが続くが、アウェーでの1勝をもぎ取ることができれば、また展望も変わってくるだろう。自分たちに起こることは相手にも起こる。悲観的になりすぎずに、改めるところは改めて、次節に臨みたい。

 90年代を代表するブリティッシュ・バンドのthe VERVEは、紆余曲折ありながらも、いや紆余曲折あったからこそ、それを自己開示的に歌い上げた大名曲「Bitter Sweet Synphony」に昇華し、トップバンドへと上り詰めた。

No change, I can change, I can change, I can change
But I'm here in my mould . I am here in my mould.

the VERVE "Bitter Sweet Synphony"

  何度も何度も繰り返されるメロディーとフレーズ。「自分は変わることができるが、変わらない」と宣言するリチャード・アシュクロフト。良いことも悪いことも引き受ける、それが人生だと彼は歌う。MVでは彼はひたすらに直進して歩き続ける。まったくブレることなく歩き続ける。周囲で何が起ころうとも関係がない。ただ、ただ、歩き続ける。
 この敗戦は一言でいうと力負けだ。完敗と言っていい。しかし、だからと言って今のやり方を変える必要があるとは思わない。足りないことがあるとはいえ、今日も惜しいシーンもあったし、安定した試合運びもできるようになりつつある。
 むしろするべきは奈良クラブのやり方の徹底である。マイボールを大事にし、丁寧に繋いで相手ゴールの迫るフットボール。その精度をどれだけあげられるかが後半戦でのカギになる。もっと自分たちのやり方を信じ切って戦うことだ。もし北九州との差があったとするならば、彼らは自分たちのやりかたを信じ切っていたことだろう。彼らの姿から見習うべきものがあるとすればそこだ。結局のところ、勝敗を分けるのは自分たちのやっていることを信じ切れるかどうかではないかと思う。

「俺は空を飛べるようになる。変かい? 実際、その気になれば飛べるって信じているけど、みんな恥ずかしがって俺にそれを言わせまいとしている。みんな途方もないことを考えるのが苦手だし、未知のものを怖がっているからだ。自分は一体何者なのか、これから何処へ行くのか、そんなことをほんの一瞬考えただけで恐ろしくなってしまうけれども、そういう瞬間はすごく大切だ」

ファーストアルバムのライナーノーツより

 この敗戦だけを取り上げて、変に現実的になるのはやめよう。フットボールはロマンだ。「J2昇格」というのが今年の目標であり、夢であり、志だったではないか。今でも十分に可能性がある。恥ずかしがることはない。あくまでその旗を掲げ続けよう。悲観的になることは容易い。それでも志をもつことができれば、きっと叶えられるはずだ。なにより、北九州のファンはなにも諦めていなかった。彼らにできるのだから、僕たちにできないことはない。
 今年はホームで強い奈良クラブだ。昨年のロートフィールドでの北九州戦の写真を見ていたが、ゴール裏の応援の人の多さは、今年は比べものにならないほど増えている。メインスタンドもしっかりとお客さんが入り、声援を送っている。選手を後押しする力になっていることは明確だ。アウェーでダメならホームがある。こちらのホームでやり返せば良いだけのことではないか。幸いにも、8月には早々に北九州との試合が組まれている。ここで「奈良クラブはこういうやり方をするクラブなんだ」ということを、スタジアム全体で示すことができれば、この敗戦も意味があったと思えるはずだ。まだまだ、僕(たち)は成長することができる。何も終わっていない。道は続くのだ。

ランドスケープの向こう側へ

 今回はカターレ富山との試合以来、仲良くさせてもらっている加湿器マンさん(@kashitsuki_man)のご招待で、Xでスペースを開いてもらい、お喋りながらの観戦をすることができた。加湿器マンさんには貴重な時間を用意していただき、感謝しかない。
 まるでスタジアムの一角で観戦しているかのような臨場感で、試合の時間はあっという間に過ぎてしまった。スタジアムでの僕の独り(?)言の聞き役は長女なのだが、聞き役をしていただいたことで、試合展開やディティールの部分を話すことができた。なにより、フットボールをきっかけにしてこうした新しいつながりができることが嬉しい限りである。ちなみに、富山へは来年家族での遠征を企画している。熱いサポーターのいるチームなので、現地での観戦が楽しみだ。
 その意味で言うと、ギラヴァンツ北九州のスタジアムやファンも素晴らしかった。まずはスタジアムの立地がすばらしい。海の横に建てられたフットボール専用スタジアムは、まるでリヴァプールのようではないか。声援の量もすばらしく、北九州の粘り強いフットボールをしっかりと後押ししていた。奈良から今年移籍した髙橋選手も暖かく受け入れらているようで、試合後の歓喜の輪の中心にいるのが中継でも映っていた。少しでもゆかりのある人間が、別のコミュニティでも幸せそうにしているのを見るのは、こちらも幸せな気持ちになる。天皇杯では獅子奮迅の活躍をした髙橋選手は、北九州の後半戦のキーマンになりそうな予感である。奈良での凱旋マッチを楽しみにしている。なにより、実際に行ってみたいスタジアムがまた一つ増えた。奈良クラブがそうであるように、その地域の誇りとしてフットボールクラブがあることは財産である。互いに切磋琢磨しつつ、こうしたカルチャーを広めていくために横のつながりを作っていくことも、また大事なことなのだと感じた。今後もアウェー戦を中心にこうした活動をしていこうと思うので、ご期待ください。奈良の喫茶店での観戦もしたいなあと思っています。

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