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奈良クラブを100倍楽しむ方法#008 第8節対テゲバジャーロ宮崎 “プロバンスの風”

 サッカーが好きだというと、「どのサッカーチームが好きなのですか?」という質問が常套句だ。本当はスペインのアスレチック・ビルバオというチームが一番好きなのだけど、それを大真面目に答えると「???」という表情をされる。めんどくさいので「バルセロナです」と答えるようにしている。「ああ、メッシのいるチーム」などという会話になればこっちのものだ。アスレチックの場合はめんどくさい。「スペインにはバスク地方という、独特の文化をもつ民族が住んでいて。。。」と説明をしなければならない。悪いのはもちろん僕の方だ。相手はそこまでディープなものを求めていないのだから。
 もちろん、バルセロナが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。ここでも何度も述べているように、バルセロナにはかつてオランダの英雄ヨハン・クライフという選手が在籍し、90年代には監督としてもチームを指揮。「トータル・フットボール」と呼ばれる現代グッとボールの基礎を築いた。奈良クラブの目指すフットボールもこの系譜に連なるものだ。パスを多用し、コンパクトな陣形のなかで、ボールをたくさん動かしゴールを奪う。彼のフットボールはロナウジーニョが在籍したときの監督であるライカールト(アヤックス時代にクライフが監督)、メッシ在籍時のグアルディオラ(バルセロナ時代にクライフが監督)とつながり、現代に至る。
 バルセロナは勝つ時は恐ろしく強い。悪魔のような強さで、相手を蹂躙し、圧倒的なフットボールで勝つ。しかし、負けパターンも確実に存在する。いくつかある中で典型例が、早い時間に先制し、その後イケイケで攻め続けるものの、相手がそれに対応し、なんとなくワンパターンな攻めになってしまうというときがそれだ。その後、かなり単純なカウンターをころっと受けてしまい、逆転されて負ける、という試合である。バルセロナ好きとしては「ああ、そんなことあったなあ」という試合を何試合か思い出すことができるだろう。
 クライフに関連していうと74年の西ドイツW杯の決勝がそうだった。「時計仕掛けのオレンジ」との異名をとったクライフ率いるオランダは、アルゼンチンやブラジルという南米の強豪を次々と撃破。決勝はホスト国西ドイツだった。西ドイツは、予選で東ドイツに負けるなど(わざと負けた説もあるが)、順風満帆とは言えないなかで決勝に到達。試合は開始数分でドイツが一度もボールを触らないままにオランダがPKを得る。そのまま沈めて先制した後もオランダが優勢に試合を進めるが、西ドイツもPKを得て同点に。そこからオランダのリズムが繰り始め、単調な攻撃になったところを爆撃機の異名を取る西ドイツの点取屋、ゲルト・ミューラーに逆転打を決められて試合終了。以後語り継がれるチームであったのだが、優勝することはできなかった。
 このように、オランダやバルセロナは楽勝で先制をし、その後も圧倒しつつも追加点が取れない時、後半嘘のように逆転されるというパターンの敗戦が存在する。似たようなケースに、戦術的にディティールを求めすぎて自爆するパターンもあるのだが、ひっくり返されるという展開では同じである。そして、今節のテゲバジャーロ宮崎戦は、まさにこの典型的な試合展開となった。


試合展開

 おおよそネタバレ的な前口上となったが、簡単に試合展開を振り返ろう。
 奈良は春らしい陽気であったが、宮崎は雨だった。しかも、かなりの雨だ。スリッピーなピッチコンディションのなかで試合開始。開始早々奈良クラブが攻勢に出る。何度かチャンスがあったなかで、右サイドを突破した西田選手が岡田選手へクロス。DFに止められたかと思われたところ、相手DFがスリップしてしまいフリーの岡田選手へ。岡田選手は冷静にゴールに流し込み、開始早々奈良クラブが先制する。
 ここからの前半の奈良クラブの魅せたフットボールはJ3のレベルではなかった。パススピード、タイミング、選手間の連動、スペースへの飛び出し、全てが「J1でも通用するんじゃないか」というレベルのものだった。かなりワクワクしたが、唯一足りなかったものはゴールを決める力である。前半、岡田選手には得点シーン以外にも少なくとも2回は決定的なチャンスがあり、それ以外の選手にもゴールに迫るシーンがたくさんあった。見ている方には「早く追加点を」という気持ちもあるが、どこか「このフットボールをしているのだから、後半も大丈夫だろう」という安心感があったのかもしれない。事実、僕にはあった。しかし、前述の「バルセロナ系チームの負けパターン」が頭をよぎったのも事実だ。
 運命の後半。選手を交代し、前がかりにプレッシングをかけてくる宮崎に奈良クラブは前半とは違い、防戦を迫られる。ただし、宮崎の攻撃もそこまで正確性があるものではなかったので、「なんとかなるだろう」という気持ちもあった。しかし、ここでとんでもないミドルシュートを決められてしまい、同点に。やばい、これはよくあるやつではないか。。。
 しかし、奈良クラブも反撃。ここから宮崎のGK青木選手の神がかり的なセーブが連発されたり、スリッピーを通り越して沼のようになってきたピッチに奈良クラブの選手が悉く足を取られ始める。思うように通らないパス、ドリブル。そこから先日の金沢戦の2失点目とほぼおなじ形で左サイドを突破され、そのままクロス、そしてゴール。逆転。ああ、この展開はあかんやつだ。そして試合終了。あの前半の出来とは考えられない形で、試合は奈良クラブの逆転負けで幕を閉じた。

予防線はあるか?

 フットボール史上、何度も繰り返される「前半めちゃくちゃ良かったチームが後半ガタガタになる」現象への予防線はあるのだろうか。
 例えばブラジルは、相手との力量差がある場合、前半の20分までに勝負を決めてしまい、相手の気持ちを折ってしまうという展開にすることがある。日本もこれで何度もやられているからおなじみだろう。試合開始から前線から猛烈なプレスをかけ、相手が慣れないうちに3点ほど奪ってしまう。その後、相手が出てきたところをカウンターで2点ほど追加し、相手にも1点はあげて5−1で勝つ、というような展開だ。
 ただし、この方法は今年のJ3ではほぼ無理だ。基本、J3の各チームに大きな戦力差はない。これは力量差がある上で、相手に息をさせずに試合を決めてしまう方法だ。現実的ではない。
 では、現在マンチェスター・シティを率いるグァルディオラの方法はどうか。これは4人のセンターバックを可変的に運用し、相手の出方に合わせて嵌め込み、攻撃を殺した上でサイドから切り崩していく試合運びである。ただし、これもなかなかすぐには実装は難しい。プレシーズンから相当練習しないとできない作戦である。次の試合ですぐに使えるものではない。
 ただし、サイドバックの裏のスペースについてはチーム内でもう一度確認はすべきだろう。岡田選手、下川選手の左サイドは奈良クラブのストロングポイントだがストロングすぎてここでボールを奪われると、その裏には大きなスペースがある。そもそも、4-1-2-3システムは、ピボッテと呼ばれる1のポジションの横には大きなスペースができてしまうという構造的な問題がある。なので、いわゆる即時奪還=奪われたらすぐに奪い返す、という守り方がベストになる。前半はこれができていたが、横方向へのパスがピッチのこともありスピードが出なくなり、相手について来られるようになると奈良クラブの選手同士の距離がやや遠くなってしまったからか、即時奪還ができなくなってしまった。こうなると堀内選手が試合から消えてしまう。ここのラインが機能しないと、相手の攻撃をディフェンスラインでもろに受けてしまうことになり、結果センターバックの横のスペースを使われてしまう。ここで対峙すると、相手FWとDFとが同数になってしまうので、この試合のような失点をしてしまう。ではラインを下げて守りましょう、というような戦術ができるチームでもないので、今日の後半の展開は必然であったのかもしれない。なので、予防線はあるようでない。
 ヨーロッパのトップチームは試合中でも選手の配置やパスコース、立つときの向きなど、ものすごく細かいところまで監督の指示が飛び、それを実践できないとすぐに交代となるような厳しい世界だ。奈良クラブの選手が下手なのではなく、そのレベルが異常すぎるのだ。ヨーロッパのフットボールを見る際には、監督の身振り手振りでどんな指示をしているのか、交代選手がどういうタスクで出場しているのかなど、考えてみるだけでもかなり面白いはずだ。

これが奈良クラブの生きる道

 しかしながら、それでもこの試合の前半で魅せた奈良クラブのフットボールは素晴らしいものがあった。素晴らしい選手が揃っているが、大宮の杉本のようなスーパーな選手はいない。長所短所あるなかでそれが組み合わさり、美しいハーモニーが生まれる。時々このなかで、「響け!ユーフォニアム」というアニメ作品から引用をするのだが、「プロバンスの風」という吹奏楽のスタンダード曲がぴったりな、本当に芸術的な時間だった。試しに試合を見られる方は、この曲をBGMに前半をご覧いただきたい。

 スペイン風のファンファーレから始まるこの楽曲のように、今日の前半の奈良クラブのフットボールは優雅でリズミカルで魅力的だった。加えていうなら、後半に逆転されるところまで、本家そっくりな試合運びだった。そこまで真似しなくても良いのだが、これこそ「我がクラブ」と胸を張って言える姿だ。負けはしたが、それでもこのチームの可能性は十分に見ることができた。できれば目の前で見たいので、またスタジアムには足を運ばなくてはならない。
 今年の目標は「さらなる高みへ」ということで、現実的にJ2への昇格を目標としている。もちろん、その目標は達成すべく毎試合戦ってほしい。しかし、昇格だけを目標とすると、なにか美味しい部分を取りこぼしてしまう気もする。負け試合のなかにきらりと輝く美しい瞬間を見たり、勝ち試合のなかに修正点を見出す。勝敗だけでなく、そうした瞬間にも注目をしたい。何せ、100倍楽しまないといけないのだ。楽しむためには、それなりの努力をせねばなるまい。

※次節の岩手戦は、平日での開催なので詳細なレポートは書けません。お仕事がんばります(泣)

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