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奈良クラブを100倍楽しむ方法#022 第23節対アスルクラロ沼津 ”きみはうつくしい”

「美しく敗れる事を恥と思うな、無様に勝つことを恥と思え。(無様に勝つことは)それではフットボールではない。他のスポーツだ。」

ヨハン・クライフ

 ヨハン・クライフの名言といえばたくさんあるが、この言葉ほど強烈なものはない。誤解されやすいが、彼は勝つことを放棄していたわけではない。むしろ、めちゃくちゃ負けず嫌いだった。よく誤解されやすいし、僕もこのシリーズで二項対立的に扱っている「理想」と「現実」という概念だが、クライフにおいては「理想」と「現実」の区別はない。彼にとって攻撃的で美しいフットボールをすることが「理想」であり、それが最も勝利に近づくという意味で「現実」であった。自陣に引きこもり、ボールを放棄することは、彼にとってはそもそもフットボールではない何かである。

 この試合の奈良クラブは負けた。負けはしたが、その姿は美しいと言える類だったように思う。もちろん、改善すべき点はある。しかし、最後まで勝つことにこだわっていたし、自分たちの方法を貫いた。「これで負けたのなら仕方ないな」という内容だった。同様に、アスルクラロ沼津も、自分たちのやり方を貫いた試合をした。「これがJ3だ」というよりも、「これがJリーグだ」と言って胸を張って示すことのできる、かなり高度な応酬が繰り広げられた90分だった。
 よくよく分析してみると、沼津はかなり奈良クラブを警戒していたように思う。おそらく先制されたときは内心かなり焦りがあったのではないだろうか。それでも試合前からのプランをやり抜くことで活路を見出した。奈良クラブも、防戦一方ではなくあくまで自分たちのフットボールを貫いての敗戦。悔しいが、こうした試合をいつくも経験してチームは強くなる。立ち上がろうとする姿勢はちゃんと伝わってきたので、チームへの疑念はほとんどない(もちろん、終了間際の審判の判断には多少疑念はあるが、あくまで多少だ)。

 奈良クラブの戦術は前節FC琉球戦と同じだ。アンカーから一つポジションを下げた堀内から丁寧にビルドアップし、両ウィングのしかけからゴールを奪う。あるいは、前線へのロングボールから相手の裏をつく戦術だ。奈良クラブの前へ出ようとする推進力に対して、沼津がそれをいかに押し返すか。この試合の見どころはここに収斂される。
 沼津のとった対策は、事前に「これをされると嫌だな」と想定した通りのものだった。


バックラインへの圧力と跳ね返す鈴木

 沼津の奈良クラブ対策。まずはセンターバックの堀内にまでプレスをかけることだ。奈良のバックライン4人、そしてアンカーの中島まで含めた5人に対してマンツーマン気味に人を当て、フリーを作らないようにする。琉球戦を見ていた人ならわかると思うが、堀内がフリーで前線にどんどんドリブルで運んで、そこからパスが出るシーンが何度もあったはずだ。沼津はこれを止めにかかった。
 ただし、無節操にプレスに行くと絶対に90分は持たない。ので、沼津はプレスするときの優先順位を決めていたように見える。1番が堀内、2番が中島、3番が鈴木という感じだろう。両サイドは詰め切るまではいかないが、ウィングとのパスコースを切って前後のコンビネーションを切断する。切断したうえでプレスをかけてきた。この布陣は90分通じて集中力が切れることはなかった。交代選手まで含めて、しっかりと落とし込んできているのがわかった。前述したような、堀内がフリーでボールを前線に運ぶようなシーンは、この試合では多く見積もっても2回だ。ボールの動きも前節とは全く違ったというのは、見ている人なら感じたところだろう。
 かのような理由で、この試合で鈴木が比較的前線へフィードを蹴ることが多かったのは、彼へのプレスの相手からの優先順位が低かったからだろう。ただし、彼の成長はそこから勇気を持って長いパスを蹴り続けたことである。事実、彼のフィードから先制点は生まれている。おそらく、こうしたプレーを沼津は想定していなかったのではなかろうか。鈴木の堂々としたプレーぶりは奈良クラブの未来を感じさせるものだった。

 ほとんどマンツーマンのようなプレッシングに対して有効なのは、相手の想定していない動きを選手がすることだ。試合開始5分でそれは現れる。鈴木のフィードもそうだし、ここでも何度か書いてきたが「そんなところにいるのか」という神垣のセンスだ。彼が中盤からスーッと前線へ上がると、ややプレスの甘い鈴木から神垣へ美しいパスが通り、ゴールキーパーと1対1。冷静にニアサイドをぶち抜き、奈良クラブが先制に成功する。おそらく準備してきた展開なのだろう。フリアン監督も非常に良い表情をしていた。
 基本的にプレッシングというのはは自分よりも前の選手へ矢印を向けていくので、逆方向に動く選手の動きは捕まえにくい。開始早々、まだ相手が捕まえきれていないなかでの神垣の気の利いた動きは、奈良クラブ対策をしてくるであろう各チームへのジョーカー的な存在になるように思う。

待ち構える沼津、寸断される攻撃

 先制されても沼津は慌てる様子はない。むしろプレスの強度を強め、奈良クラブにボールを持たせつつ、奪いどころを探っているような感じだ。特に奈良クラブのサイドにおける縦関係が寸断されているので、岡田や田村がほとんどボールに触ることができない。強引にここを通そうとするパスがカットされると、どちらかのウィングを置き去りにして沼津の攻撃が始まるので奈良クラブとしては数的不利に陥る。それもわかっているので、奈良クラブのバックラインは相手をできるだけ惹きつけて、その上で裏を狙っていたように見える。1点リードしているので、相手はもっと前に出てくると踏んだのではないだろうか。沼津はそこをかなり我慢して守備陣形を崩さず、むしろサイドから奈良クラブを攻め立て同点に持ち込む。ボールの動き以上に、静かではあるがばちばちと火花の散るようなお互いの精神的なせめぎ合いを感じる前半は、1−1で後半に向かう。
 特に見るべきは沼津の最前線と中盤のプレスの連動である。最前線はかなり相手選手の近くまで寄せ切っているが、中盤の選手はパスコースを切るためにほんの少しだけポジションが後ろだった。ほんの少しというは、1mくらいなのだが、この1mが大きい。1mというと歩くときの歩幅程度だが、それだけ幅があるとボールは通る。つまり、パスコースには1mは十分なのだ。ここをチーム全体で我慢するかどうかがかなり重要になる。普通は、これだけ前から来れば中盤やバックラインも連動して前に出るので、後ろのスペースが空いてしまうものなのだが、沼津はそこをチーム全体で我慢しているように見えた。既視感があるなあと思っていたが、チェルシーを指揮しているときのモウリーニョのプレッシングがこのパターンだった。これをすると前線の選手の運動量が跳ね上がるのだが、交代選手の手札も含めて90分やれるプランを考えてきたのだろう。
 結果論になってしまうが、森田の投入がもう少し早ければという気持ちがないわけではない。森田ならこの1mの隙に入り込み、ここからスペースへボールを供給することができる。ただ、1点差を追う中で均衡した状態でカードを切るところまではいかなかった。もちろん、彼の投入後に3点目を食らっているので、彼を入れるとバランスが崩れることはわかる。それでも、こうした均衡した状況を一発のパスで打開できるのは森田だ。

追いすがる奈良、耐える沼津。百田の咆哮

 後半開始早々に前に出たのは沼津だった。これは相手のキープ力と決定力を誉めるべきだと思う。中島のところでクリアできたと思うが、相手も人数をかけて攻めてきているので、もしあのパスが通っていれば奈良クラブのカウンターが発動したはずだ。そして、「簡単にクリアせずにできるだけ繋ぐ」をモットーにしている奈良クラブにおいて、あそこで「簡単にクリアすべき」と簡単に批判するわけにはいかない。この試合は終始、こうした紙一重のところでやりあっているので、本当にわずかの判断の違いが失点になる。体力的にも精神的にもかなりタフな試合だったのだ。
 リードしたことで沼津は少しだけプレスのラインが下がり、奈良クラブがボールを持てる時間も多くなる。おそらく中山監督は、1−3とするまで気が気でなかっただろう。水際でこらえているものの、「あわや」というシーンはいくつか見られた。奈良クラブの改善点としては、こうしたシーンの精度をもっと上げることである。試合そのものは五分にやれていたが、決定機の精度においては相手が上だった。こうしたものは実戦でしか上がっていかないので、経験値を積むことなのだと思う。一進一退の攻防のなかから、沼津がコーナーキックのチャンスを決めて1−3。ここで勝負あったかに見えた。

 いよいよアディショナルタイムというところで、奈良クラブの猛攻は実を結ぶ。2点差としてほっとしたのか、プレスのほんの少し緩んだところに神垣から山本へパスが通ると、これをスルーするような形で岡田優希へ(多分、ちょっとだけ山本が触ってコースを微調整している)。このパスが通ると(こういうパスがこの試合ほとんど通らなかった)、反転してドリブル開始。一直線にゴールへ向かい、右足のアウトサイドでタイミングをずらしたシュートを放つ。シュートはキーパーに止められるが、跳ね返ったところを百田が詰めて2−3。まだまだ試合を終わらせないぞ、という奈良クラブの反撃にスタジアムも後押しする(ダゾーンで見ていたが、ロートフィールドの歓声が日に日に大きくなっているのは気のせいではない!)。
 百田はゴールに飢えていた。琉球戦は岡田優希のハットトリックに脚光が浴びがちだが、特に最後のシーンは「自分にパスをだせ!」「キーパーが弾いて自分のところへ来い!」というランニングをしていたので、喜んではいたものの、悔しさも滲んでいた。こぼれ球に詰めるというゴールは、本物の点取り屋にしかできない取り方だ。大丈夫、まだまだ彼は点を取る。

 さすがの沼津も真ん中から後ろには疲れが見える。相手の雑いタックルでファールを誘った嫁阪がフリーキックを獲得。渾身の一撃はキーパーの手をかすめ、あわやゴールかというところで(僕の見ている速報サイトではゴールと表示された)、相手ゴールキーパー武者がすんでのところでキャッチ。その後の奈良クラブの抗議や、試合再開のところで「あれ?」というシーンがあったものの、そのままタイムアップとなった。
 フリーキックについてはゴールかどうかは動画だけでは判断ができないので、ここで「あれはゴールだった」ということはできない。大きな画面でボールがゴールラインを割っているかはかなり何度も確認したが、「絶対に割っている」といえるところまでのものは見つけられなかった。
 ちなみに、奈良クラブの選手が画面の上の方向を指さしているのは「アシスタントレフリーに確認をしてくれ」という要求と思われる。ゴールラインを割ったかどうかは、主審だけでなく副審も判断するからだろう。「ゴールだったじゃないか」というよりも「納得できる説明をしてくれ」という意見だったと見える。これは真っ当なことだ。試合再開のときも、審判がどういう説明で試合を止め、抗議の対応をし、どういう説明から試合を再開したのかがわからない(試合再開のときは奈良クラブのベンチが写っていたので、審判がどういうレフリングをしたのかがわからない)。それがわからないと、あのシーンについて語ることができないので、ここでは保留としておく。

Great little change

いつかきみは立ち上がる。どんなに道は険しくとも。
雨に打たれ、風に吹かれ、果てない壁に阻まれても。
影に追われ、声におびえ、荒ぶる波に、さらわれても。
きみはうつくしい。きみはうつくしい。

七尾旅人「きみはうつくしい」

 反骨のシンガーソングライター、七尾旅人の「きみはうつくしい」の一節は、今シーズンの奈良クラブのこれまでを見事に表しているかのようだ。都並選手は「結果で示すのがプロだ」と話していた。もちろん、勝つことを目指しているわけだが、いつも勝てるわけではないことは百も承知。むしろ、チームの姿というのは負けたときにこそ露わになる。敗戦という結果にたいして、どういうリアクションをするのかも含めてプロということで言えば、奈良クラブの選手たちはプロ意識を持って最後まで振る舞っていたように見える。おそらく一番悔しい思いをしているなかでも、うなだれた様子がなかったことこそが希望だ。
 中断明けからも、ハードは相手との連戦が続く。今年のJ3は勝ち点の計算などできようはずもない。あくまで昇格という目標は掲げたうえで、奈良クラブには奈良クラブらしいフットボールを追求してほしい。負けはしたが、元日本代表を有するチームに対して互角の勝負をし、相手を追い詰めることができた。一月前の対戦は、わずかな、しかしながら決定的な差を突きつけられての敗戦を喫した相手に、ここまで戦えた。両試合とも「力負け」と表現することもできるが、中身はまったく違うものだ。間違いなく強くなっているし、相手もやりにくさを感じるフットボールが表現できている。この流れは継続するべきだと考える。僅かな変化だが、これは確かな一歩だ。
 特にキーになるのは神垣と森田だ。センターバックに堀内がコンバートされたときから、神垣の存在感が増している。どちらかというと堀内のバックアップという立ち位置だった前半戦から、スタメンを勝ち取っただけでなくゴールも決め始めた。センターフォワードのサポートからバックラインのヘルプまで、獅子奮迅の活躍を見せている。間違いなく後半戦のキーマンになる。森田も同様だ。沼津戦のように相手に攻撃が抑え込まれたときに、相手すら気づいていないスペースにパスを供給できるのは彼だ。おそらくパスの受けてとしては、スペースへのフリーランを厭わない西田とのセットが良いのかもしれない。
 こうして俯瞰して見ると、奈良クラブは同じポジションに2人以上の個性の違う選手を揃えていることがわかる。特にセンターバックは堀内をコンバートしたことで競争が激化している。かなり贅沢なスカッドであることは間違いない。だからこそ、結果に結びつくことを願うばかりだ。
 どのチームもそうなのだろうけど、間近で地元のプロチームを見ていると、彼らがどれだけこのクラブに、フットボールに真摯に取り組んでいるのかを感じることができる。これだけ頑張っているのだから、どうか結果に結びついてほしいと願うのは自己満足なのだろうか。

これまでを振り返って

 『響け!ユーフォニアム』の原作者、武田綾乃先生の過去のポストにはこうした記述がある。どうか本人(たち)が望む形で努力が報われてほしいと願うが、「報われた」ということをどこで判断するのかは難しい。「今ふりかえってみて、あの経験が大事だったんだ」ということは個人的にも多々あり、そのときは「最悪だー」と思っていても、何が幸いするかはわからない。こうして一つのクラブチームの試合を半年ほど追っていても、様々なドラマがあった。極寒のなか手にしたシーズン初勝利。豪雨の中コテンパンにやられたルヴァンカップ。劇的な逆転勝利を収めた天皇杯。いやいや、ロートフィールドだけでもたくさんの思い出が蘇る。アウェー遠征をしている方々ならなおさらだろう。選手たちと同様に、見ている人々にもドラマがある。なんだかんだ言って、こういう日常こそが幸せなものなのだろう。
 おそらく、中断期間が開けると、最終節まで怒涛のように試合が続く。勝ち負けへの一喜一憂だけでなく、選手たちのプレーの機微や僅かな変化をできる限り見届けようと思う。ここ数試合の小さいが確かな変化が、シーズンの最後に大きなうねりになってJ3をもっともっと盛り上げてくれることを、勝手に期待している。そういうポテンシャルは、奈良クラブには十分にあるのだから。

おまけ ファン感謝デーに行ってきました

「奈良クラブといえば!」という面々によるトークショー

 長女と奈良クラブのファン感謝デーに参加しました。楽しいトークにゲームと選手と間近に触れ合える貴重な機会に感謝感激でした。
 ゲームコーナーでは嫁阪選手とマスゲーム的なもので盛り上がりました。隣では吉村選手、鈴木選手、伊勢選手が「なんじゃもんじゃ」のカードを奈良クラブの選手名で盛り上がっておられ、そっちもそっちでめっちゃ楽しそうでした。
 神垣選手はジェンガがめちゃくちゃ上手で、「絶対に無理だろう」というところから積み木を引きぬいておられました。盛り上げ方もまさに「神対応」でした。寺島さんも、いつもの熱いプレーはちょっとこっちに置いといて、純粋に楽しむことが上手な方だなあと思いました。
 サポーターも巻き込んだチーム対抗ゲーム大会では推しチームが優勝し、なんとなんとルヴァンカップ仕様のボールに選手や監督全員のサインが入ったスペシャルなプレゼントも当たりました。名前を呼ばれたときは「あ、あいつがnote書いてる人か」と思われた人も多いかもしれませんが、はい私です。あまりこうしたイベントで当選したことはないのですが、人生のほとんどの幸運を使い果たした可能性があります。また徳を積むことにします。遣唐使さん他、色々な方にも声をかけてもらって嬉しい限りです。

サインもたくさんいただきました

 ああいうイベントも、斜に構えることなく、ミーハー的にエンジョイするのも、悪くないと思います。個人的には、かなり楽しめたイベントでした。奈良クラブの選手、スタッフのみなさん、ありがとうございました!

見る人が見たら「奈良クラブ」にしか見えないやつ

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