グルメ漫画覚書:ミスター味っ子

電子書籍が異様に安売りされていたので買ってしまったので、少々覚書をしたためる。

この漫画は1986年から連載された漫画であり、少年コック味吉陽一が名人たちと料理勝負を繰り広げ、アイデアで勝利していくことを様々な料理でやっていく、という筋書きである。アニメのリアクション芸が話題になりやすい作品だが、今回は純粋に料理漫画として批評する。

この漫画で取り上げる料理は、特に序盤はとんかつ、ラーメン、カレー、ハンバーグなど身近な料理が多い。グルメ漫画で料理対決ものでは「必殺技感」を出すために奇抜なレシピを出しがちだが、身近なメニューは漫画の描写が正しいかどうか試せるうえに想像しやすいので、そうそう無理もできない。

この漫画では、その問題を事前リサーチで解決し、「ライバル側に知名度のある正統派を、主人公側に知名度こそ低いが美味で知られるメニューを持ってくる」という方法を使っていることが多い。

例えばラーメン対決ではライバル側はおそらく関東では知られていたであろう家系(吉村家)を、主人公側は白湯豚骨に焦がしネギの組み合わせ=鹿児島ラーメンをあてがっているが、いまほど九州豚骨が隆盛していなかった当時は、博多はまだしも鹿児島ラーメンの知名度は低かったろう。お好み焼き対決では、ライバルに広島風お好み焼きを割り当て、主人公側は知名度の低い神戸のすじこん=ぼっかけのお好み焼きを割り当てている。

いまでこそネットのグルメ批評などもあるからマイナーなレシピも簡単に知ることができるが、1986年にはこういう形のレシピ紹介も大いにありだったということだろう。スパゲティ対決におけるナスのミートソースは、今でこそ定番メニューだが、当時は「パスタ」という言葉すら人口に膾炙する前であり、そこそこ目新しかったはずだ。揚げ物の温度を調整しての二度揚げはいまでこそ唐揚げの簡単な作り方としてレシピ集にあるし、肉を休ませながら火を入れるのは動画サイトのBBQ動画を見ていれば常識だろう。しかし、当時はそれはそれほど知られていなかったと思われる。シーフードカレー対決でのココナッツミルクの使用は、いわゆるタイカレーが普通に食べられるようになった今でこそ当たり前だが、当時は新鮮だったことだろう。それなりにリサーチに裏付けられているのである。

が、やはり漫画家が想像力でアレンジしすぎた部分も当然ある。ハンバーグはつなぎの強度から言っても実現性に疑問があるし、粒コショウをまぶすのはミル付き粒コショウが普通に売られる現代人から見ればあり得ない描写だ。スパゲティの巻き技法、グラタンや駅弁は手間、人件費がかかりすぎて店のレシピでも家庭料理のレシピとしても厳しい。カレーは漫画の最終レシピ通りに作ると味が破綻するだろう。シーフードカレー回では「エビの脳みそを使った」としているが、カニみそやエビみそは中腸線(肝臓のような器官)であって脳みそではなく(エビははしご状神経なので脳ほどの集中度はない)、誤認が見られる。ピザ回などはさすがに読んでいて閉口した。

そういう難癖も付けられるが、それはネットでいくらでもレシピや店舗レビューが見つかる現代人の情報チートがあるからできるマウントであって、当時のことを考えれば、リサーチしたうえで有名なほうをライバルに、無名のほうを主人公の「必殺技」として料理漫画に落とし込むという技法はなかなか工夫したものだと思う。


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