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微炭酸を残して生きてゆく【小説】



「若者って何歳までだと思う?」

そう唐突に投げかけられた言葉に僕は、頭に思い浮かんだ数字を告げた。

「25歳かな?」

「ふーん。」

彼女は、溶けかけのアイスを口に含みながらテキトーな返事を返した。学校の近くにできた新しいコンビニで買った物だ。

テスト1日目のお昼過ぎ、彼女は自転車を引きながら耳を劈くような蝉の声と彼女のアイスを食べる咀嚼音をBGMに僕と歩いていた。そのBGMには合わないようなゆっくりとした速度で。

そして、また質問を投げかけてくるのだ。

「ねえ、なんで25歳なの?」

ほらね。彼女のテキトーな返事の後は、数十秒時間をあけて話し始めるのがお決まりである。そこも可愛いのだが…。

「なんとなくかな。25歳を過ぎると人生あっという間に過ぎてくって聞いたことがあるし。」

「へー。初めて知った。25歳か…。」

片手で自転車のハンドルを持ち、片手でアイスを食べる彼女は、最後の一口を口に含みながら上を見た。木々からこぼれた光が彼女の首筋を照らし、シャツの第二ボタンまで照らしていた。透けて見える黒のインナーに悔しさを感じながら僕は、彼女を見続けた。さすれば、彼女は急に顔を僕に向け、話し続ける。急いで目線をずらした事によって、純粋な彼女は何事もなかったように話し続けた。

「私たちは、まだ17歳だから"子供"と呼ばれる年だけど、急に20歳になったら大人へと線引きされるでしょう。奏太の25歳までが若者と呼ばれるとすると、なんだが若いって短いね。」

いつもケラケラと笑う彼女が真面目な顔になった。

「たしかに、短いね。でも、40歳の人は30歳の人を若いって言うし、70歳の人は50歳を若いというから、いくら歳を重ねても僕たちは、若者だよね。」

「あっ!たしかに!みんな若いじゃん!じゃあ何を基準に若者にされるんだろうね…。ああ、大人になりたくない。」

食べていたアイスの棒を僕に向けたり、自分のおデコを叩いたり、教師の持つ指し棒のように操りながら彼女は呟いた。

彼女は昔から唐突な質問が多い。そんな質問に僕が理由を聞かなくなったのは彼女の返事が全て"なんとなく"だったから聞くのを諦めたのだ。今日もテスト中に思いついた"なんとなく"なんだろう。彼女は、"なんとなく"で生きている気がする。なんとなくバレーボールを始め、なんとなくキャプテンを務め、なんとなくこの高校を受験し、なんとなく僕と付き合っている。

小学生の頃から好きだった僕が彼女と同じ高校を選び、誰かに取られまいと焦って告白した昨年の春。彼女の返事は、

『なんかいつも一緒にいるから良いよ!』

だった。たぶん、恋愛感情はないのだろう。未だに手しか握らせてもらっていない。そうこれが現実。The なんとく。それでも僕は彼女の隣りにいられるなら良いと思った。

「で、咲奈は何歳までだと思う?」

咲奈は、またアイスの棒を額に当て考え出した。あぁ、そのアイスの棒になりたい。そんな邪な感情を抱る僕の隣で純粋な咲奈は、額から棒を外した。

「炭酸水から水に変わった時かな。」

僕は初めて咲奈の答えた言葉に返事が出来なかった。今まで、彼女の言葉には全力で答えてきたが、初めて意味が分からなかった。いや、言葉のキャッチボールが出来なかった。キャッチボールをしていたのに、急にバッティング練習に切り替わり空の彼方まで飛ばされた気分だ。

黙ってしまった僕に、咲奈は首を傾げながら

「大丈夫?」とかけてきた。

平然を装うように笑ってみせると咲奈は話し続けた。

「今日、村上先生が『君たち若者は、刺激を求めてしまうのが普通の事だから、ちゃんと考えてから行動しなさい。』って言われた。」

村上先生?!あの若いイケメンの数学教師?僕の頭の中は、村上先生の顔でいっぱいだった。

「でもね、その後村上先生が『でも、それも若さの特権なんだよな…』って村上先生もまだギリギリ20代で若いのに、私たちを若者って言うから若いって何歳までなのかなって思ってテスト中ずっと考えてた。」

話し続ける彼女に適度に相槌を打ちながら、僕は悶々とした気持ちを抱えていた。

「私が思い浮かんだ刺激物は、炭酸水だったの。最初は、シュワシュワパチパチ口の中を弾いていくのに時間が経つにつれて、弾かなくなり水へと変わる。なんだが、似てる気がしたんだ。若者じゃなくなる瞬間と。」

落ち着いた声で話す彼女は、少し悲しげな表情で歩いていた足を止めた。

「子供が過ごす1年と大人の過ごす1年は、同じ時間なのに、体感している時間は大人の方が短い。きっと似たような毎日を過ごしているからだよね。でも、飽きない。たまに炭酸が残っているから。だから全て水になった時、私たちは"若い"から外れるのかな。」

最もらしい事を彼女は言っているっぽいが意味が分からない僕は、知っている言葉を捻り出した。

「うん、そうかもしれないね。」

そう答えると咲奈は微笑み、僕に言った。

「奏太なら分かってくれると思った!ありがとう!大好き!」

そう告げて、嬉しそうに歩み始めた咲奈は僕を置いて行く。立ち止まったままの僕の脳内は、初めて言われた"大好き"の言葉で埋め尽くされていた。また一歩進めたと喜びを噛み締め、前を歩いている彼女を見ると、数メートル離れた所で信号を待っていた。

慌てて僕は彼女の元へ走った。その顔はなんとも間抜けな顔だったと思う。それほど引き締まりのない顔をしていた。でも、その顔も一瞬で引き締まっただろう。何故なら、前方からあの村上先生が歩いてきたからだ。そして、当然のように咲奈に声をかけていた。

僕の走る速度は、上がった。

「佐々木さん、アイス食べてたの?いいな~。」

仲良さそうに話す姿に僕の体温も心もメラメラと燃え上がった。

「村上先生!僕もいますよ!藤峰 奏太いますよ!」

走りながら、大きな声で叫ぶ僕に村上先生は眼鏡を手の甲で上げ、僕を見た。

「やあ、藤峰君!君もアイス食べたのかい?」

「食べてませんけど、先生は大きな袋抱えて何をしてるんですかっ?学校でテストの採点とかしてるんじゃないですかっ?」

そう語尾を強めに村上先生に聞くと、隣の可愛い咲奈から足を踏まれた。

村上先生は、苦笑いをしながら大きな袋を僕と咲奈に見せてくれた。中には大量の色んな種類の飲み物が入っていた。

「先生たちから、飲み物頼まれたんだけど、学校の自動販売機壊れちゃったみたいで、わざわざあそこのコンビニまで行ってきたんだよ。」

そう言いながら袋を持ったまま先生が来た方向を指さした。そうすると咲奈は、ケラケラと笑い始めた。

「先生知らないの?学校の近くに新しく一軒コンビニ出来たんだよ!わざわざここまで来なくても!」

村上先生は、へなへなと座り込んだ。

つい最近まで、僕らが通う学校近辺にコンビニはなかった。それがここ1週間ほど前新しく学校近辺にコンビニが一軒出来たのだ。僕らは、そこで咲奈のアイスを買って歩いていた。

「無駄足だった…。」

小さく村上先生は呟き、そして大きなため息をついて立ち上がった。 

「先生は、頑張ってこの大きな荷物を持って学校へ帰るから君たちも気をつけて帰るんだよ。明日もまだテストあるからね。」

気力をなくした村上先生は、とぼとぼと歩き出した。その背中に、咲奈が声をかけた。

「村上先生もまだ"若者"なんだから!頑張って~!」

満面の笑みで、大きく手を振った。

振り返った村上先生は、咲奈に手を振り返し笑っていた。

僕は、しかめっ面でその光景を見ていた。



信号が変わり咲奈は足軽げに歩いて行く、一方僕は、重たい足取りで一歩一歩進んで行く。

これが現実。これが日常。何気ない日に何気ない事を話し、何気ない一言に一喜一憂し、なんとなく生きている。なんとなく生きられている。

若者だって、それっぽい大人びた事を話し合ったりする。例えそれが、的外れな答えにたどり着いたって気づきもせず、大人びた事を話す自分たちに酔っていく。いつか、本当の答えに気づけた時、昔の自分を恥ずかしいと思うだろう。

でも、それも若者の特権。若者の日常、


僕らの日常であり、刺激である。

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