私たちが学ぶべきスキル
昨日息子のサッカーチームのメンバーで
バーベキューをする機会があった。
午前中には練習試合があったので、
その合間に近くのキャンプ場で準備を進め
昼頃に練習試合が終わった子供たちが
食べにくるという流れである。
私は炭をおこして肉を焼くという役回り。
子供たちのお腹に消えていく肉を
次々と焼き続けた。
一通り食べ終わると子供たちは遊びに行き始める。
そこからが大人の食事の時間になるので
またしても肉を焼き続けた。
何とかバーベキューがひと段落したところで
今回の会の裏の目的の一つである
来年度の役員決めの議論が始まった。
このチームでは6年生の保護者が
役員をしなくてはならないので、
誰がそれをするかを決めようと
事前にLINEで連絡が来ていた。
早速その話が始まったのだが、
議論があっちにこっちに行ってしまい、
全然着地点に到着しないのである。
誰がどの役をするのかを決めるべきなのか、
一人の負担が大きくならないように
役を分割するべきなのか、
6年生の保護者で対象外になる方はどなたなのか、
色んな議論が縦横無尽に飛び交い
よくわからなくなっていた。
なので、本来私が仕切るところではないが、
一つ一つの議論を切り分けてそれぞれに対して
段階的に結論をつけていこうということを
提案したのだが、
それでもイマイチ議論の方向が定まらず、
結局打ち合わせを次回に持ち越すことになった。
今回この打ち合わせに参加して
私は一つのことを改めて感じた。
それは私達がいかに議論することに
慣れていないかということである。
仕事や知事会、PTAなどでも
議論をして結論を出すという機会はあるが、
その機会の多さは人によって異なるであろうし、
仮に多く参加していたとしても
議論に参加せず、声の大きい人の意見に
頷くだけという場合も少なくないだろう。
私達日本人はあまり自己主張をせずに
長いものに巻かれることを
良しとする性質があるが、
それ故に議論をして物事を決めるということが
あまりに苦手な人が多いのではないか。
一体今は何を決定しなければならないのか。
それに対して自分はどう考えるのか。
対立意見があるならば妥協点はあるのか。
最終的に意見が割れた場合にはどう決着するのか。
厳密に議論をするならば
他にも気を付けるべきポイントはいくつもあるだろうが、
最低限上記のポイントぐらいを皆が
頭においておけば議論がズレることは
かなり少なるなるだろうし、
無駄に時間をかける必要もなくなるだろう。
会社では会議の時間も生産性を問われるので
議論の目的や内容がズレていないかを
いつも厳しく確認しながら議論をしているが、
残念ながらそれ以外の日常において
そのような議論の機会は殆ど参加することがない。
かつて自治会に地区の班長として参加したとき、
そして、PTAの役員決めに参加したとき、
これらのいずれにおいても
議論の論点がズレるという事象を見てきて
それにより多くの時間をロスしてきた。
実は議論を的確にする技術は
私達がこれから生産性を高めていくために
とても重要なスキルなのではないだろうか。
私たちの人生は選択の連続でできている。
全てが自分一人で決められるものばかりかというと
そうではなない。
議論をしたうえで最適解を決定する機会は
人生において決して少なくないのだ。
そう考えると、適切に議論を進めることで
得られるタイムロスの削減効果は
とても大きなものになるであろうし、
議論の末出した結論にももっと満足して
生きていけるのではないだろうか。
今回参加した議論でそんなことを改めて
感じさせられた。
次回の打ち合わせまでに決めなければならないことを
一度言語化して全員に共有しておく必要が
あるだろう。
何だかこんな仕切り方をしていては
私が会長をしろと言われそうな気がしなくはないが、
その場合には我が家の家庭内で
議論が必要になりそうである。
その議論が一番難しく、気が重いと私が思っているのは
ここだけの話である。
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