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悲しいジャケット

通勤電車が目的の駅に滑り込む。

ドアが開き、降りようとすると
多くの人が乗り込んできた。

いつも見慣れた光景である。

だが、見慣れた光景のはずなのに
先日ふと違和感があることに気が付いた。

急に何か印象が変わったのだ。

何が変わったのかと振り返ってみると、
乗り込んでくるスーツ姿のビジネスマンの多くが
ジャケットを着ていなかったのである。

先日まではアウターの色やジャケットの色で
何となく暗い印象であったのに
ワイシャツの色が多くなるので
全体的に白っぽい印象に変わる。

なるほど、そんな時期が来たのか。

そんな風に思いながら駅を後にしたが、
よく考えてみるとまだ今は4月である。

4月の時点でジャケットを着ないなら
いつジャケットを着るのだろうか。

いわゆるクールビズスタイルが
取り入れられる時期は
この時期(4月ごろ)から10月ごろまでだと
考えてみると、
実質1年の半分はジャケットの出番が
ないということになる。

別に大したことがないように
思うかもしれないが、
これはとても大きなことだと私は思っている。

なぜなら、スーツは間違いなく消耗品だからである。

スーツの量販店に行くとパンツが2本付いてくるような
タイプの売り方をされているものがある。

パンツは連続的に履いていると
色んな部分がすり減ったりしてきて
ダメージを受けやすいからであるが、
仮にパンツが2本だったとしても
実質ジャケットは年の半分しか出番がないなら、
パンツのダメージと合わない状態になる。

上着はキレイなのにパンツがくたびれた状態では
やはりスーツはカッコよく着ることができない。

ここで替えのパンツを購入できれば問題ないのだが、
量販店に売られているような吊るしのスーツで
同一の生地で作られたパンツのみを購入するのは
正直現実的ではない。

そうなるとどこかのタイミングで
新しいスーツ一式を買うことになる。

では、古いスーツのジャケットは
どうなってしまうのか。
実質年の半分しか着られず、
あまりダメージを受けていない状態で
廃棄をされてしまうのだ。

あまり意識をされることがないが、
スーツのジャケットはとても手間のかかる
衣類の一つである。

私個人的には紳士服のうちで作るのに
最も手間がかかっている服ではないかと思っている。

なぜそんなに手間がかかるのかというと、
明らかに立体構造の衣類だからである。

私達が日常的に着る服は基本的にたたんで
しまうことができるが、
スーツのジャケットだけは必ずハンガーに
吊るした状態で保管をしている。

なぜならジャケットは色んな箇所に
立体形状を維持するために毛芯というものが
内側に縫い込まれているからである。

この毛芯とは、繊維で作られたバネのようなもので
これを縫い込むことで立体的な形を
維持することができるのだ。

ジャケットの前身頃の部分を触ってみると
少し硬く感じるのは
まさにこれが縫いこまれているからである。

他にも手間がかかるポイントは沢山あるが、
そんな手間がかかる服であるジャケットを
綺麗な状態で捨ててしまうのは
あまりにもったいない。

立体的に作られているという意味では
女性が着るドレスのようなものなのである。

最近スーツではなくパンツと簡易的なジャケットの
セットアップでビジネスをする人が
以前よりも明らかに増えた。

これもスーツのジャケット問題を解決する
一つの方法である。

これならジャケットは必要な時だけに
使うことができるし、
ジャケットはフル活用することができる。

スーツが必要な時だけ着るようにすれば
スーツはそれほど傷むことはないし、
スーツが必要なシチュエーションは基本的に
ジャケットも着用するはずなので
パンツだけがダメージを受けることもない。

スーツのままジャケットを脱いだだけの
クールビズスタイルではなく
クールビズスタイル用のセットアップに
切り替えれば、
ダメージを受けていないのに捨てられる
悲しいジャケットを減らすことができる。

ふと電車の出口で見た光景から
乗り込んでくるオジサンたちの家で眠る
悲しいジャケットたちの叫びが
聞こえてきたような気がした。

ちなみに最近は顧客と面談する際にも
スーツではなくセットアップで行くことも増えた。

業界によってはスーツを着ると違和感が
出てしまうようなケースも多くなり、
スーツ自体の活躍機会が減っているようである。

悲しいジャケットどころか
悲しいスーツになる日も遠くないのかもしれない。




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