見出し画像

ハンバーガー屋のお兄さんが教えてくれたこと

あなたにとって仕事とは何だろうか。

毎日仕事をしていると一度は
こんなことを考えたことがあるだろう。

上司に嫌なことを言われたり、
お客さんの話を長々と聞いたり
他部署の愚痴を聞かされたりすると
一体自分は何のために頑張って、
仕事に何を求めているのかを考えて
しまうのも無理はない。

私もかつて何度もこの問を自分にしてきたが
いまだに明確な答えは出ていない。

かつて流行った「明日があるさ」という曲に

ある日突然考えた どうして俺は頑張ってるんだろう
家族のため 自分のため 答えは風の中

ウルフルズ 明日があるさ(ジョージアで行きましょう編) 歌詞より抜粋

というフレーズがあったが、
まさに答えは風の中なのかもしれない。

だが、そんな私の中で仕事とは何かを
考えさせられたあるエピソードがあるので
今日はその話をしようと思う。

それは今から13年ほど前。

当時私はマレーシアに赴任していた。

前職の生産技術担当者として、現地の工場で働き
ローカルスタッフと共に日々製造ラインを改善していた。

その工場は合計で2000人もの人が働く
大きな工場だったので、
会社の中にキャンティーンと呼ばれる
大きな食堂スペースがあった。

そこには外部から入ってきた業者の人が
小さな屋台のようなものを並べており、
一般よりも少し安い価格でそれを食べることができた。

昼時になると多くのローカルスタッフが集まり
皆が談笑しながらそれぞれ好きな料理を食べていた。

私たち日本人も時々そこを使っていたのだが、
その屋台の人たちはガチガチのローカルの人なので
日本人だからとスプーンを出してくれるような
配慮は基本的にしてはくれない。

なので、日ごろは会社の外にある
中華系の店主が経営している食堂に
食べに行くことが多かった。

私が働いていた工場は24時間稼働なので、
夜にも多くの従業員が働いている。

なので、夜にも一定の店が出ており、
昼間ほどではないがキャンティーンには
従業員がいつも誰かしらいるような状況であった。

当時の私は少しワーカホリック気味だったので
遅くまで仕事をすることもいとわなかった。

ある日、夜まで仕事をして寮に帰ろうと
キャンティーンを通過すると
ローカルスタッフが何人か並んでいる店を見つけた。

見てみるとハンバーガーを作る店のようで
若いお兄さんが鉄板の上でハンバーグを焼いていた。

もちろん生のミンチから焼いているわけではなく
予め火が通ったものを温めているだけのようだが、
小さな鉄板の上でコテをふるってハンバーグを焼く様子は
何だかカッコよく見えた。

その日以降、そのハンバーガー屋を私は仕事帰りに
毎日見る事になったのだが、
その店にはいつも客が並んでおり
どうやら美味しいと評判のようであった。

私も食べてみたいとは思うものの
限られた休憩時間で並んで買っているローカルスタッフの
邪魔をするわけにはいかない。

偶然人が並んでいないタイミングがあれば
買おうと思いながら日々が過ぎていった。

ところがある日、仕事帰りにふと見ると
そのハンバーガー屋には人が並んでいなかった。

これはチャンスと思い、さっそくハンバーガーを
注文してみた。

いつものように鉄板でハンバーグを温める彼。

あまりマジマジ見ていなかったが、
遠目で見るよりもそのお兄さんは年齢を重ねているようで
当時の私と同じ20代の後半のように見えた。

出来上がったハンバーガーを受け取り
寮に持ち帰って食べようかとも思ったが、
ハンバーガーは温かいうちに食べるほうが
美味しいのは言うまでもない。

私は少し立ち止まり、店のすぐ近くで
そのハンバーガーを頬張ることにした。

味はというと、決してとても美味しいというほどの
モノではなかったが、
学校帰りの学生さんに出せば喜びそうな
濃いめの味付けで、私はペロリと平らげた。

ふと店の方を見ると、お兄さんが私の方を見ていたので
私は親指を上に上げて「美味しかった」のサインを
彼に送ると、彼は嬉しそうに笑った。

そんなやり取りを彼としたときに
なぜだかわからないが、私の中で彼の仕事に対する
疑問が生まれてきた。

「彼はここで2000人にハンバーガーを食べてもらえる
チャンスはあるが、
それ以上にビジネスが広がることは決してない。
その仕事は本当に面白いのだろうか」

彼の仕事はハンバーグを鉄板で温め直し、
あらかじめ用意したバンズに調味料と共に
ハンバーグを挟むというシンプルなものだが、
彼は働き続ける限りそれをし続け、
そしてそれを提供する対象は決して増えることはない。

限られた中でしかビジネスは広がらない。

そう考えると、彼のやっている仕事が
とても寂しいように感じられてきたのだ。

もちろん、当時の私は彼の仕事を
見下していたわけではない。

職業に貴賤はないことは当時から理解していたし、
彼らがいるからこそ、従業員はお腹を満たすことができ、
結果として社会は回っている。

それは理解はしていたのだが、
私の中で何とも言えないむなしさのようなものが
ずっと心に残っていたのである。

それを思い始めてからというものの
私は夜にキャンティーンを通るたびに
彼の姿を目で追うようになってしまった。

そんなある日、夜のキャンティーンに
安くてボリューミーなご飯を出す
お店が新しく出店することになった。

ローカルスタッフたちはこぞってそこに並び、
それ以降、ハンバーガー屋には
人が並ぶことが珍しいぐらいになった。

鉄板の前で退屈そうに携帯をイジるお兄さんの様子を
私は横目で見ながら毎日通過していると
ある時、ハンバーガー屋は姿を消していた。

ビジネスなのでこのような競争が起こることは
仕方がないし、ある意味必然である。

その時、私は毎日会っていたお兄さんに会えないことに
素直に寂しいと感じた。
そして、それと同時にお兄さんが新しい広い世界に
飛び出して行ったような嬉しさも感じていた。

会社の中というクローズドな世界だけではなく
広い世界に自分の可能性を模索し続ける人生を
いつも求めていたいと私は思っている。

ハンバーガー屋のお兄さんは
この価値観を私に気づかせてくれた。

今彼がどこでどうしているのかはわからないし
知る由もない。

しかし、彼が今もどこかで自分の作った
ハンバーガーを多くの人に提供していると思うと、
私も自分の仕事を頑張ろうと思える。

もちろん仕事は顧客あってこそであるし、
利益を出してナンボである。

しかし、私にとって仕事とは、
自分を満足させるために頑張るものなのかも
しれない。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,258件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?