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後悔の出来事を思い出しながら。

このごろ、Mr.Childrenの音楽を聴いては
「じぶん」のことについて考えてみたり、また、
漫画『モテキ』のことを思い出したりしていたら、
ちょっとなんだか、ふと、昔の
後悔の出来事のことを思い出しながら、
そのことが頭から離れず考えこんでしまっていた。

その出来事について、ここでは
くわしいことは述べないけれど、
そのことを考えてたら、気持ちもね、
ちょっとつらくなってきてしまった。

ぼくは、後悔って
ふたつの種類があると考えていて。
ひとつは、あれを
やらなければよかった、という後悔、
もうひとつは、あれを
やっておけばよかった、という後悔。

やった後悔よりも
やらなかった後悔のほうが、
より悔やむ、ということは
よく言われるんですが、ぼくが思うのは
「やった後悔」も「やらなかった後悔」も
どちらもつよく悔やんでしまっているから。

とは言えども、
「やらなかった後悔」のほうは、
それを「やる」という選択肢も
むつかしかったわけだし、その逆に
「やった後悔」のほうは、
それを「やらない」、もしくは、
それを「もっとうまくやる」という方法も、
思いつくことができなかったんだから。

今でもなお、ぼく自身が
過去の後悔について一番考えてしまうのは、その
「やった後悔」について、
どうしたらもっと適切にできていたのか?
という問題なのですが。
こう、今になって考えてみてもね、
どうしてもうまいことは考えられないし、
もしも今、考えつけたとしても、
当時のじぶん自身が、その行動を
うまく取れるかどうか?! ってえのもわからない。
というか、おそらく無理やもしらないな。

だから、もう、どっちみち、
それをやっても、もしくは
それをやらなくても、おんなじように
後悔する運命だったんだろうなあ、
なんてことも思っちゃう。

じぶん自身の「後悔」とは、
相手に「迷惑」をかける、つまり、
相手が「迷惑」を感じる、
ということと同義だとは思うのですが。
ともすれば、突き詰めて思えば、
相手はぼくを許せない、
ぼくもぼくを許せない。いわば、
ぼくだけが悪くって、しかも、そこには
ぼくしか悪い人間は居ない、
というところまで考えてしまうんだ。。。

前回noteでも申しあげました
Mr.Childrenの『fanfare』を聴きながら、ぼくも
【悔やんだって 後の祭り】
と歌えたい〜。
もう、昨日に、手を振れたい!!!

ノウバディノウズ (ブログを)公開の末路。

令和5年12月18日

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