「じぶん」のことが歌われている歌。
「じぶん」ということを考えてたら、
Mr.Childrenの『友とコーヒーと嘘と胃袋』という曲で、
桜井さんがお酒を飲みながら録音されたとされる語りの中の
【だって そもそも
今日の自分なんて初めから無いも同然だからね!】
ということばのことを思い出していたことをね、
前回noteでは申しあげましたが。
さらに考えてみれば、Mr.Childrenの作品には
「じぶん」のことが歌われている歌がたくさんあるなあ!
と思い出してきて。たとえば、
1996年リリースのシングル『名もなき詩』では
【自分らしさの檻】という表現がなされているし。
1997年リリースのアルバム『BOLERO』収録の
『幸せのカテゴリー』では
【本当の自分なんて何処にもいないような気がしてる】
と歌われているし。
1998年リリースのシングル『終わりなき旅』では
【もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅】
とも歌われている。
そしてまた、2010年リリースのアルバム
『SENSE』収録曲の『Prelude』では、かつての
『終わりなき旅』を自己否定するかのごとく、
【長いこと続いてた自分探しの旅も
この辺で終わりにしようか】
って歌われているし。
同じくアルバム『SENSE』の1曲目
『I』という曲には、【I】つまり
【自分】という語句がたくさん登場している。
このような「じぶん」のようなことについて
さらにMr.Childrenの歌より引用をするとすれば、
同じくアルバム『SENSE』収録曲の
『ロックンロールは生きている』での
【氏名住所血液型なんて 皆忘れていいんだ】
というのがね、ぼくは大好きなのですが。。。
この曲を聴くと、いつも、
氏名も、住所も、血液型も、ぜんぶ忘れて、
じぶんをすっとばせるように感じられる〜。
そう思いながら、また、
あらためて先日リリースなされました
Mr.Childrenの新アルバム『miss you』を聴けば、
アルバム1曲目の『I MISS YOU』のラストでは、、
【それが僕らしくて
殺したいぐらい嫌いです】
なんて歌われているものだから、たとえば、
かつての『名もなき詩』で歌われていたような
【自分らしさの檻】の中で、今もなお
もがきつづけている、と思ったら、
その途方さにちょっと泣きそうになってしまった。
音楽を聴くときには、歌詞の
ことばを読むようにして鑑賞するのは、
野暮なことだとは存じているのですが、
でも、なんだかそんなふうに感じたんだった。
ぼくだってもね、前回で申しあげたような
「じぶん」ということを考えてしまいがちだからこそ、
でも、それはさ、
これからも、いつまでも、どこまでも
到底、解決できない物事なんでしょう?!
とも思えてきてしまって、ならば、
もがきつづけられるときまで、
もがけたい、と、考えるしか無いぜ。
誰かを想いやりゃあだになり
じぶんの胸につきささる〜♪♪♪
令和5年12月16日
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