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悪い芽とゆるい幸せ。

愛知県出身のぼくは、同じく
生まれも育ちも愛知である父親の影響によって、
小学生のころからプロ野球は中日のファンで、
でも、大学へと入学して関東で四年間暮らしたときには
関東では中日の試合をテレビでなかなか観られず、
そうなるとだんだん中日から、なおかつ
プロ野球からも気持ちが離れてしまい、
その後や現在においても、テレビや新聞の
スポーツニュースで結果等は少し見るとしても、
熱心に応援するということは無くなってしまった。

なので、ぼくはプロ野球のことを
なんにも語ることはできないんですが。
かつての子供のころ、
中日ファンだったぼくとしては、たとえば、
巨人というチームは、つよい、とか、
ちょっとこわい、とか、言うならば
あんまりよいイメージを持てていないところもある、
と申しますか。いや、でも、さらに申せば
めちゃくちゃ人気がある、と申しますか、
小学生のころより父に連れられ、幾度か
当時のナゴヤ球場、及び、
ナゴヤドーム(現・バンテリンドーム ナゴヤ)へと、
中日の試合を観戦していたですが、たぶん、
巨人戦は一度も観ていなかったと思う。
つまりはさ、チケットが取れないから。

そんなようなじぶんにとって、でも、同時に
「ほぼ日刊イトイ新聞」のファンであるぼくとしては、
ほぼ日主宰・糸井重里さんがおっしゃっていた
巨人の元監督「藤田元司さん」のあることばを、
ときに思い出しては、考えることがある。

この藤田さんのことばというのが、
「負けているときは、何をすればいいのかわかるから、
 まだいいんですよ。
 勝っているときのほうが怖いんです。
 勝っているときに、悪い芽が育っているんです。」
ということなのでして。
(参照文献:糸井重里さん「ダーリンコラム」2003-02-24より。)
これはおそらく野球に関することだけでなくて、
たとえば、日常生活においても
悪いときはまだよい、
良いときのほうがこわい、つまり、
良いときに「悪い芽」が育っているから、
というのも言えるやもしらない。

ぼく自身の経験上で言ってみても、
むしろ、良いときのほうが
図に乗ってしまったりとかして、そしてその後、
大きな大きな失敗をしでかしてしまう、
という場合だってあったりする。

ここで言われる「悪い芽」とは、
なんだろう? って考えて思い出すのは、
ジャガイモから出てくる芽の「ソラニン」かなあ。

もしかしたら、人間だっても
ジャガイモと同様そのままにしておけば
「ソラニン」のような芽が出てきて、
その芽によって他人やじぶん自身を苦しめる。
悪いときというのは、意識的に
そういう芽を摘み取ろうとするけれども、
良いときのほうが、逆に
放ったらかしにしてしまったりする、というか、
おざなりになってしまうことがある、というか。

「ソラニン」という名称を知ったのは、
ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『ソラニン』という曲、
及び、映画や漫画作品『ソラニン』なのですが。
たとえば、アジカンの『ソラニン』の歌詞における
「ゆるい幸せがだらっと続いたとする」
とは、つまり、
藤田元司さんの言われたとされる
「勝っているときに、悪い芽が育っている」
ということばとおんなじ意味なのかもしれないな。

さよなら ぼくも どーにかやるさ
さよなら そうするよ♪♪♪

令和5年9月2日

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