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大學氏、おらしょ第三楽章のソロを歌う

 お久しぶりです。グリークラブでの今年度初舞台が終わったので、その総括的な意味で本稿を書きます。団としてではなく、あくまで個人的な話です。団としての話も色々あるので、いつか書きます。


練習責任者として

 今年度は「練習責任者」という役職名で、いちおう練習の実質的な運営をもう一名の先輩と交代でおこなっている。基本的にはエリカでの学生指揮者時代に培った経験を基にしているが、エリカとグリーでは合唱団としての特性が異なる。最も大きな差だと感じるのは、求められるハーモニーのクオリティだ。エリカという比較的人数の多い混声合唱団ではごまかせていたピッチのずれが、少数精鋭(?)の男声合唱団である都立大グリーでは悪い意味でかなり目立ってしまう。グリーの練習を指導する中で、自分のもともと持ちうるアンサンブルの力の「許容範囲」が、より精密なものになっているのを感じている。これにより、グリーに求めるハーモニーのレベルは高くなったものの、そのための指導力が自分に備わっていないこともまた感じる。我々は演奏家であり、耳ばっかり良くなってもしょうがない。いや、耳が良くなるというところまでは来た。あとは勉強と練習あるのみである。ただし、闇雲な努力はしないこと。合唱は、いかに頭と体を上手く使えるか、大事である。ひとまず、先日の合唱祭で演奏を聴き、そのハーモニーに感銘を受けた某合唱戦隊の練習を見学させてもらうため、津久井さんに連絡してみた。きっとハモるための戦術的なヒントが得られるだろうと思う。「ハモれ!」と言ってハモれるのなら簡単すぎる。技術そのものというより、まずはハーモニーに敏感になることが必要だろう。
 ハーモニーのクオリティを上げることは、とても大切だ。大切というか、前提なのだ。だから、ゴールは「ハモること」ではなく、その先にある。エリカでは「指揮者」だったこともあり、ハーモニーの仕上がりに多少目をつぶって音楽を完成させざるを得なかった部分がある。グリーではハーモニーを洗練させた上で、どのような音楽ができるようになるか、非常に楽しみだ。そのために、練習責任者として、また一人のバリトンとして、自分にやれるだけのことをやっていきたい。


大學氏、おらしょ第三楽章のソロを歌う

 都立大グリーで今年度を通して演奏していく、千原英喜作曲の「男声合唱のための『おらしょ カクレキリシタン3つの歌』」(以下「おらしょ」)。今年度初舞台となった先日の東京都合唱祭では、このうちの第三楽章を演奏した。(本節の終わりにどさんコラリアーズの演奏を引用)
 第3楽章の冒頭部分には、ソロがある。今回はこのソロを私が担当することになった。自分が混声のベース出身であるということもあり、これまでソロを演奏する機会がなかったので、憧れもあった。ソロオーディションで団員に選んでもらったときには純粋に嬉しかった。
 私が担当することになったソロは、全部で10小節、時間にすると30秒ほどだろうか。音域も下のシ(mid1B)から真ん中のミ(mid2E)まで。合唱曲のソロとしてはかなり"本格的"な部類に入るだろう。練習を重ねるほど、私に務まるかが不安になった。私の課題は大きく分けて3つ、①高音を無理のない発声で出す②何を表現すれば良いかを考える③そもそも合唱のソロはどう歌えば良いのかを考える、であった。
 ①、②についてはここでは省略させていただく。結果だけいえば、①、②ともに本番までに勉強と練習を重ねた結果、納得のいく演奏ができた。特に発声については課題がたくさんあるが、今回のソロの練習を通して成長できた部分も多かったと思う。表現についても、聴き手に「音楽として」きちんと評価していただいたのが嬉しかった。


主旋律を一人で歌うということ

 先述の通り、私はベース系のパートを歌うことがほとんどなので、そもそも主旋律を歌う機会が少ない。主旋律をいかに「聞かせる」ことができるか、これが合唱のソロを歌う上で大切なことだろう。今回のおらしょソロは、裏で4パートがハミングとヴォカリーゼでハーモニーを作っていた。そういう意味で、主旋律であるソロを「聞かせる」ためには他のパートのと協力することも不可欠であった。本番では4パートのみなさんが、音量を調節し、流れるような気持ちの良いハーモニーをつくってくださった。主旋律の歌いやすさはそこにあるハーモニーの質にもよることを再確認した。感謝である。
 ならば、後のことは、ソロが歌うのみである。以前のソロオーディションの際、団員のK氏から「大學氏は楽譜に忠実に歌うことが出来るが、忠実すぎて逆に単調に聞こえる」との指摘をいただいた。この指摘はもっともであった。私は比較的音程は安定しているし、リズムも乱れることはあまりない。ただ、主旋律を歌うために必要な能力はそれだけではないのだ。事実、譜面には「espressivo(=表情を豊かに、感情をこめて[「独仏伊英による音楽用語辞典(遠藤三郎編)」より])」の指示がある。感情をこめて歌うことは簡単だが、それを歌声にのせるためにはどうしたら良いだろうか。そんなことを考えていたが、あまり上手くいかずに時間が過ぎていった。

灯台下暗し

 話題が変わるが、私は歌手のAdoが好きだ。Adoの表現力には凄まじいものがある。彼女の代表曲である「うっせぇわ」は、その歌詞の過激さが注目されがちであるが、その歌詞を引き立てているのは彼女の歌声であろう。
 もちろん、彼女の表現力はポップスでこそ発揮されるものだ。合唱というカテゴリーで彼女の歌声をそのまま真似しようという魂胆はまったくない。しかし、合唱において面白みのない演奏というのは無数に存在して、その面白くなさの原因の一つにポップス歌手のような「ノリ」のなさがあると思う。逆に言うと、ポップスの歌い手は、基本的にいわゆる主旋律の歌い方に長けているのだ。
 「おらしょ」と「うっせぇわ」では、あまりにも曲の本質に差があるため、Adoの歌い方を直接取り入れようとする気にはならない。しかし、極めて身近なところに良き手本がいた。グリーで同じパートを歌う、新入生のO氏である。
 O氏は端的に言ってカラオケが上手い。もう少し具体的にいえば、抑揚の付け方と装飾の仕方が自然で上手いのだ。個人的には彼が歌う米津玄師の「Flamingo」にグッときた。そして彼は、カラオケと同じような歌い方でおらしょソロのオーディションに挑み、選出とはならなかった。しかし、彼の旋律で「遊ぶ」姿勢には目を見張る部分があった。そして、自分の歌声が「単調に聞こえる」ことに悩んでいた私が、彼から取り入れる部分を探ったことは言うまでもない。もっとも、彼の「遊び」は彼の「敗因」でもあった。ポップスと合唱では、主旋律の後ろに流れる音の「うるささ」が違う。だから主旋律の「うるささ」も当然違ってくる。このことを肝に命じたうえで、私はO氏の歌い方を参考にすることを考えた。

「ケレン味」という概念

 ある日の練習で、弊団常任指揮者である金川先生の口から「ケレン味」という言葉が出た。練習の中で、我々歌い手の音楽記号の解釈が「わざとらしい」ことを批判する際に出た言葉である。詳しい意味は以下に引用。

「ケレン味」とは、ハッタリやごまかしを効かせた演出のことを指します。漢字で書くと「外連」。本来は「正当ではない、邪道である」といった意味合いの強い言葉でした。これが、演劇用語として広まるにつれて、「芸の本道から外れた、見た目本位の奇抜さをねらった演出」という意味合いへと転じていったのです。

https://oggi.jp/6194871#heading01 より

 この指摘は私のソロに対するものではなかったが、このとき、「単調さ」と「わざとらしさ」のはざまに私はいるのだ、と思った。私の歌声は、譜面を音楽として表現しえるには単調すぎた。O氏の歌声は合唱として聞くには「わざとらしい」と思われた。だからといって、単にその「真ん中」を狙っていっては、このベクトルから脱却できないだろう。「単調かわざとらしいか」というベクトルは、音楽に最初から存在するものではない。そういうときには、楽譜を見つめ直すに限る。楽譜を見つめると、そこには紛れもない音楽がある。そこに適したものというのは一つしかない(と信じる)。そこに最も適した自分の解釈を、そしてちょっとした「技」を、追い風として吹かせる。そんな感覚で歌うと、自然で聴き応えのあるソロになるのではないか。そう考えたのだった。「ケレン味」という概念を知り、自分が「単調かわざとらしいか」というベクトルに縛られすぎていることを知り、そのベクトルは楽譜を見つめた上で最後の最後に登場するものだと知った。結果的に、私の「単調さ」も、O氏の「わざとらしさ」も、活かすことができたのだった。

普段からもっと緊張しなさい

 最後に一つ。私は歌唱する際にはめったに緊張することはない。どちらかというと楽しみなくらいだ。ピアノ伴奏はやたらと緊張する。指揮はいちばん緊張しない。自分が音を出さないだからだろうか。
 しかし、今回のソロは緊張した。舞台上では、脚と腕、声が震えているのがわかった。もっとも、やるべきことは普段の合唱と変わらないはずだ。ソロではないからといって、失敗して良いわけではないのだ。しかし、今回緊張したことによって、合唱の際、いかに自分が周りの歌い手に精神的に依存しているかがよくわかった。
 合唱といえど、自立した歌い手を目指すことがより良い演奏への近道となることは間違いない。冒頭に述べたアンサンブルへの意識ももちろんだが、今回のソロで感じた緊張感も忘れずに合唱をしていきたい。



嬉しかった感想↓


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