お客さんの充実した表情が見たい!

今日はオールになりそうだけど、かと言ってやることもないのでnoteを開く。以下は「そんな程度」のノリで書く駄文です。


今の頭の中の大部分は、あと一か月強に迫った都立大グリーの定期演奏会に関することで占められている。ぼくは技系なので、具体的な演奏のこともいろいろ思うことはあるけど、演奏会を成功させるにあたって大切なことはそれだけじゃない。

演奏会を開催するなら、ホールを埋めたい。ぼくも歌い手として満員のホールで温かい拍手に包まれたい。チケットは有料で販売しているので、売れるだけ部の財政も潤う。お客さんにとっても、空席の目立つホールより、ある程度お客さんどうしの熱気が感じられる会場のほうが、その感動はきっと増す。

より多くの方にご来場いただけるように、できることはすべてやりたい。たとえばSNSやインターネット上での広報。普段からネット漬けの生活なのでこれは比較的に得意かも。画像の編集とかも好き。仲良くしていただいている合唱団・その他団体への情宣。こちらは苦手。知らない人とはしゃべらないに越したことはない。合唱界隈に必要以上に知り合いをつくったりもしたくない(身動きが取りにくくなるから)。でも、今は勝負どころだからやる。ほかには何ができるだろうか。効果的な方法は案外すぐ近くに転がっていそうな気もする。

演奏会は何のために開催するのか考える。かっこつけてると思われるかもしれないけど、ぼくはお客さんのために歌いたい。

はっきり言うが、大学合唱団の演奏会ってたいていはつまらない。思い浮かぶ理由はいくつかあるけど、一つには練度がないこと。

練習を重ねたんだろうな、という演奏と、本番に間に合わせただけの演奏というのは、聴いていてよく違いがわかる。もちろん演奏は上手いにこしたことはないけれど、そうでなかったとしても練習の成果が垣間見える演奏はには元気をもらえるし、応援したいと思える。一方で間に合わせの演奏を聴いていると、あなた方はなぜ演奏会を開催しているの?と思ってしまう。もちろん本番というのは実力以上のものを発揮させてくれる場であるとは思うが、それが練習不足ゆえであっても感動しない。また、特にコロナ禍においては、練習時間が限られ、演奏の質はともかくとして開催すること自体に大きな意義があった。そういう事情はもちろん鑑みるべきである。しかし、なんとなく活動してきた団の演奏からは、嘘っぽさ、胡散臭さを感じるものだ。

もっとも、定期演奏会であるからして、その団の好きなように開催してかまわない。ただ、僕自身がつまらないという感想を抱くだけ。もしかしたらぼくの感受性もしくはプライドがおかしくなっちゃってるのかもしれない。だけど、自分が所属する団体の演奏会で、お客さんにこのような感想を抱かせてはいけないと思う。

弊部の定期演奏会にはさまざまな人に訪れていただけるだろうと思う。語弊を恐れずにいえば、そこには合唱への解像度が高い人と、そうでない人とがいる。その両者に「あの時間なんだったんだ」ではなく、「来た意味がちゃんとあった」と思ってほしい。ぼくたちが思う洗練された演奏を目指して、あと一か月、練度を高めていきたい。


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