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MOVIE REVIEW 「ノマドランド」

#ノマドランド #NOMADLAND #アカデミー賞

(監督:クロエ・ジャオ/主演:フランシス・マクドーマンド/2020年)

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「ノマド」と聞くと、特定の仕事場を持たず、カフェやワーキングスペースなどで働く「ノマドワーカー」をイメージする人が多いかもしれない。
しかし、この作品で描かれている「ノマド」は、建物としての住まいを持たず、車で生活する人のことである。

「ホームレス」と言ってしまえば簡単だけれど、劇中で主人公のファーンは「私はホームレスではないの。ハウスレスなの」と語っている。
ファーンをはじめ、ノマドたちはバンやキャンピングカーなどでアメリカ全土を移動しながら、暮らす。
彼らは働いていないわけではない。Amazonなどの配送会社やファストフードチェーン店、野菜の収穫所などで短期就業をしては、食費やガソリン代を稼いで食いつないでいるのだ。

同作の原作は、「ノマド 漂流する高齢労働者たち」(ジェシカ・ブルーダー著)というノンフィクション。
そう、「ノマドランド」に登場するノマドたちのほとんどは、65歳以上の高齢者なのだ。アメリカでは今、さまざまな事情で車上生活を余儀なくされる高齢者が増えているのだという。

どうやら、Amazonには繁忙期にノマドを雇うシステムが整っているようで、しばらく工場の近くで暮らせるようにAmazonが駐車場を借り上げ、その駐車場をノマドたちにあてがっていることがわかった。
日本では住所のない人が職を得るのはものすごく大変だというから、このような雇用の仕方を普通にしている企業があることに単純に驚いた。
それだけ、アメリカ社会においてはノマドがごく当たり前のものだということなのかもしれない。

ファーンは、夫が勤める会社の社宅に住んでいたが、会社が倒産。追い打ちをかけるように夫が亡くなって、住まいを失った。
子どもはおらず、遠くに住む妹にも頼れない。バンに簡易キッチンを取り付け、最低限の荷物だけを積んで、長年住んだ家を去るしかなかった。

彼女にとってはそのバンが生活環境のすべて。小さな空間の中で料理もするし、眠るし、簡易トイレに用も足す。
短期労働で得られる収入はわずかで、缶詰のスープを温めて食べるだけの日もある。エンジンをかけっぱなしというわけにはいかないから、凍えるような寒さの中、布団にくるまって震えながら朝が来るのを待つ日もある。

短期の職場にはファーンのようなノマドたちがたくさん集まる。ノマドが集まるコミュニティに足を運べば、同じ境遇の仲間にも会える。
彼らは笑顔で語り、ときに助け合うのだけれど、互いの私生活にはあまり立ち入らない。
それはきっと、それぞれが明日どうなるかわからない暮らしを強いられているからなのだろうと思った。誰にも寄りかからず、自分自身の足でしっかりと踏ん張っていなければ、いとも簡単に足元は揺らいでしまう。
その一瞬の揺らぎは、彼らにとっては致命的。「結局、自分を守れるのは自分だけだ」という意識が、ノマドたちに共通している考え方のように思えた。

とても過酷で孤独な日常なのだけれど、ファーンはノマドな生活を誇りに思って生きている。
コミュニティで知り合った同世代の男性に「一緒に息子たちの家で暮らさないか」と誘われたときも、妹に「私たちと一緒に暮らしましょう」と涙ながらに言われたときも、彼女は首を縦に振らなかった。
寝心地の良いベッドで眠り、親しい人と暖かな部屋で美味しいものを食べて過ごす日々。どうしてそちらを選ばないのだろうかと不思議に思ったが、冒頭に紹介した、ファーンの「私はホームレスではないの。ハウスレスなの」という言葉がすべてを物語っていると思う。

家がないことは大きな問題ではない。夫との思い出だけを胸に、小さな自分の城で、細々と、でも強く生き抜いていく。彼女にとって、それが生きていることを実感できる唯一の道なのだろう。


何と言ってもこの作品のユニークなところは、あまりにもリアリティがあって、フィクションに思えないところだ。
それもそのばず、主演のフランシス・マクドーマンドを含めて数人の登場人物以外は、全て実在するノマドたちなのだという。
劇中、彼らが語っていることがどこまでセリフなのかはわからない。しかし、息子が自死をしてしまい、自らを責め続けて生きている男性、死のうとしたときに飼っている犬と目が合って思い留まったと話した女性。それは作り話ではなく真実なのだとか。

映画の公式サイトには、こう書かれている。
「撮影方法も従来とは異なり、実在のノマドたちのなかにマクドーマンド自らが身を投じ、彼らと路上や仕事場で交流し、荒野や岩山、森の中へと分け入った」

ノマドのコミュニティに、あんなにもナチュラルに溶け込んだ女優・マクドーマンドは本当にすごいし、あんなにもナチュラルに作品の重要なキャラクターとしてノマドたちを存在させた、監督・クロエ・ジャオもものすごい。
そりゃあ、2021年のアカデミー賞の主演女優賞と監督賞を獲得するわ、という感じ。


この作品が観る者に訴えるのは、アメリカにおける貧困層の拡大という社会問題もあるけれど、「不安定な世の中でいかに自分らしく生きるのか」ということだったように思う。
誰かに「かわいそう」とか「不幸」だと思われたとしても、自分が幸せなら、自分が納得しているならば、それでいいじゃないか。
社会的な弱者であることに間違いはないが、心まで弱っていなければ、誇りを持って強く生きられるのだ。一番悲しいのは、自分で自分を蔑んでしまうことだと。

公開こそ2020年だが、撮影はそれ以前に行われている。制作サイドも、まさかこんなにも世界がぐらぐらと揺らぎ、社会的弱者が激増する真っ只中に公開されるとは思っていなかっただろう。
「これは縁もゆかりもないアメリカの話だ」と、簡単に片づけられるような世の中ではなくなっている。そのことを、観客はおおいに実感するはずだ。
そういう意味で、「ノマドランド」は「時代に呼ばれた作品」とも言えるかもしれない。

公式サイト https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html



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