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第80話「世の中はコインが決めている」

 僕が縁日かざりと出会い、最愛の恋人と別れた思い出。過去を振り返ってみても、縁日かざりという女性は不思議な存在だと思い出す。

 物語は現在に戻り、縁日かざりの話を聞いてるところだった。

「私ね、まだ処女なんだよ」と縁日かざりが口許に笑みを浮かべて言う。

「そ、そうなんだ」と僕は真顔で言った。笑わないと約束したので、もちろん表情に出さなかった。

「驚いた?」

「いや、経験のない子は世の中に沢山居るだろう」

「普通は遅いよ。周りの女子は中学で経験するわ。私なんて化石じゃない」と縁日かざりは目を大きく見開いて言った。

「周りは関係ないだろう。周りは周りだよ。何て言うか、早ければ良いってもんじゃないと思うし」と僕はそう言いながら、話の趣旨がズレてきてることに不安を抱いていた。

 何故なら、あくまでも目的は縁日かざりに罪を認めさせて、自首させることが本来の目的だったからだ。

 これじゃあ、話の筋が戻らない。

「ねぇ、なんで私が処女を守っているのかわかる?」縁日かざりはそう言いながら、明らかに僕との距離を縮めようとしている。

 幸いにも彼女は一人でソファに座っている。僕は見下ろすような形で距離を取っていた。この距離感は大切だ。これ以上は近寄らない。それだけは思っていた。

「聞いても良いの?」と僕は訊く。

「良いわよ。あのね、初めては大切なの人へ捧げたいの。だって、そうじゃない。気持ちのない人へ大切な処女を捧げるなんてケダモノだわ。私はそう思ってる!違う!そう思わない!」

 縁日かざりの表情は豹変していた。見開いた目の奥は、まるで闇が渦巻いているみたいだ。今にも発狂して襲いかかってきそうだった。

 だったら、彼女の目的はあくまでも僕と付き合うことを望んでいる。それがサイコパスという仮面を被った、彼女を止める手段なんだろう。

「君の好きな人って?」と僕は目を逸らさずに訊ねた。

「テメェだろうが!!!!テメェに決まってんだろうがあぁぁ!!!!わかってんだろう!はぁ、わかんねぇとか言わせねぇゾォ!!」

 遂に、縁日かざりが本性を露わにした瞬間だった!!眉間に皺を寄せて、その表情は鬼の形相。これが彼女の本当の姿。

 ソファに置いていたクッションを手にすると、肩を震わせながら握りしめた。あまりの迫力に後ろへ下がった。飛びかかってもおかしくなかったけど、縁日かざりは顔を歪めたまま、決してソファから立ち上がらない。

 正論くんの言うように、僕に対して攻撃はしてこない。但し、周りの人に対しては容赦なく攻撃する。

「お前に捧げるんだよぉ!お前だけの私なんだぁぁぁ!ねぇぇぇえぇ、ねぇぇぇえさぁぁあぁ、こんなに愛してるんだよぉオォオォォォ!!!!」

 縁日かざりは叫びながら、クッションを引き裂いた!信じられなかった!あれだけ細い腕なのに、どんな腕力をしているんだ!

 クッションの中身の綿が宙に舞う。まるで雪化粧のように舞っていたが、綿の間から縁日かざりの険しい顔だけが目に映った。

 駄目だ。もう彼女を抑えることができない。豹変した彼女を目の前にして、僕は成す術がないことを悟ってしまうのだった。

第81話につづく

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