見出し画像

第112話「世の中はコインが決めている」

 『この世は取引で成り立っている』かの有名な実業家の言葉である。

 ハナちゃんをスナックへ残して、僕たちは駅へ向かっていた。一体、どこで会う気なのか?僕たちは既に銀次郎と会ったことがあると言った。

 だったら誰なのか!?

「あのさ、もしかして銀次郎の正体って、店長の阿弥陀さん?」と僕は訊ねた。

「そうかもね。まぁ、楽しみにしてなって。ほら、もうすぐ駅に着くぜ」と正論くんが得意げな顔して言う。

 もしも店長が銀次郎ならば、全てにおいて辻褄が合いそうだ。経営者でありながら、自分の懐へ金が入るように欠陥品を横流しして儲けていた。

 だが、辻褄が合わないこともある。

 正論くんはハッキリと言った。パソコンでメッセージを送りつけて、これまでの経緯や会社の秘密、店長の悪事を伝えている。

 その辺が話の筋としては妙だ。幾らビジネスの話をしたと言っても、仮に銀次郎が店長なら、これまでの悪事を知られたら困るはずだ。

 何か裏がありそうだ。

「さてと、そろそろ待ち合わせの時間だな」と正論くんはそう言って、ターミナルの前で立ち止まった。

 時刻は夜の七時を過ぎている。ターミナル前は、帰宅するサラリーマンで行き交う人々が沢山居た。チラッとターミナル前を見たとき、僕は珍しい光景を目にした。

「あの人、こんな時間に見るなんて珍しいなぁ」と僕は独り言みたいに口にした。

「あの人って毎朝演説してる人だろう。あの人の演説は全く説得力がないよな。でも、不思議と引き寄せられる人が居るのは確かだ。鳥居くん、あの人の演説の内容は知ってる?」と正論くんが訊いてきた。

「なんだっけ、確か非公認の団体を訴えているんだよね。架空の団体っぽいけど、毎日演説してるよ。でも、正論くんの言うとおり、立ち止まって耳を傾ける人は多いね。何が良いのか理解し難いけど」と僕は応えた。

「僕も鳥居くんと同意見だ。中身のある話っぽいけど、実際のところは中身の無い話だな。だけど、毎朝演説してれば話に興味を持つ人間は現れる」

 演説する男性に特徴はないけど、この時間帯に見かけると妙に気になってしまう。あの人、どうやって生計を立てているのだろうか。ふと、そんなことを思った。毎朝演説をして収入があると思えない。

「不思議だなぁ」と僕が呟いたときだった。

「鳥居くん、あの演説男。彼が黄金銀次郎なんだよ」

 僕の聞き間違いか!?今、正論くんの口から衝撃の言葉を聞いた。な、なんだって、あの人が銀次郎!!!!

 驚きすぎて声が出ない。そんな僕をよそにして、正論くんがゆっくりと演説男へ近づいて行く。

 確かに、僕たちは銀次郎と出会っていた。あの人が銀次郎なんて、信じられなかった。

第113話につづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?