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第29話「鳩が飛ぶのを見てみたい」

病院の待合室で尚美が深刻な顔をして座っていた。母親の麻里奈が何者かに背中を刺されて重体になったからだ。命に別状はないが、未だ意識は回復していない。医者の話ではあと数日乗り越えれば目覚めると言われた。それでも母親の容体が心配で、今日で三日間病院で寝泊まりしている。

自分のせいで母親が刺された。理由はわからなくはないが、どうやって説明すべきか迷っていた。だけど、いずれ話そうと思っていたこと。二人の関係がもっとこじれる前に打ち明けるべきだった。どこかで親の勝手で離婚されて迷惑を被った。それがあって仕返しではないが、母親に対して嫌味のある態度や応対をしていた。

後悔という航海に無理矢理投げ出された気分だった。話すには容体が良くなってから。今現在、話せる状態ではない。

だったらいつ話すべきか。迷ってる時間が無いなら、あの人に連絡をして相談すべきじゃないだろうか。

「尚美ちゃん、大丈夫?」と大貫咲が待合室にやって来た。

「どうも、平気ですよ。母の方が大変だから」尚美はそう言って、暗がりの廊下に視線を逸らした。

「お母さんは任せて、一度家に帰った方が良いかもよ。心配なのはわかるけど、身体がもたないわ」

「大貫さん。母は誰に刺されたんですか?」

「今、後藤くんから連絡があって落ち合う約束をしているの。恐らくだけど、犯人はお母さんの同級生だと思う。ほら、ニュースでもやってたでしょう。横浜プリンスホテルの発砲事件」

「知ってます。でも、違う・・・・・・」と尚美は答えて、長椅子から立ち上がると周りを見渡した。

時刻は真夜中の一時過ぎ。待合室に二人以外は誰もいない。大貫咲からある程度の説明を受けていた。母が今回の事件に関わろうしていたこと。

そして、後藤と大貫咲が協力して木島直樹の行方を追っていることを。数日前、母に見られた鳩のタトゥーが、事件に巻き込んだと理解していた。

「ねぇ、違うってどういう意味?」と大貫咲が気になって質問をしてきた。

「話せる範囲内ですけど、聞いてもらって良いですか。大貫さん、さっき、後藤さんと落ち合うと言いましたよね。それに木島直樹を追っていると」

「そうだけど。それが何か気になるの?」

「ええ、信じてくれとは言いませんが、後藤って人はあまり信用しない方が良いと思います。あの人、嘘ばっかり付いてる人。私、ホントは知ってるんです。母を刺した犯人を」

「えっ!?犯人を知ってる!」大貫咲は驚いているが、尚美の方は至って冷静な顔をしていた。

「母が刺されて救急車を呼んだのは後藤じゃない。あのとき、母を刺した犯人は木島さんじゃないのよ!」

「ちょっと何を言ってるの?尚美ちゃん、あなた何を知って・・・・・・」と大貫咲が聞き返したときだった。

暗がりの廊下から、誰かの歩いて来る足音が響いた。その足音を聞いて、大貫咲が尚美の肩越しに廊下を見つめた。暗がりの中からゆっくりと足元が見えて、一人の男が姿を現した。

「あなた、もしかして木島直樹!」

なんと、横浜プリンスホテルの発砲事件を起こした木島直樹が目の前に立っていた。突然の出来事に驚きが隠せない大貫咲。すると尚美が神妙な顔をして、この状況について話し始めた。

果たして真実とは・・・・・・

第30話につづく

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