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第18話「鳩が飛ぶのを見てみたい」

私が離婚するか悩んでいる頃、日和は日和で悩みを抱え込んでいたのだろうか。そして、後藤くんは真相を明かそうと一人で事件を追っていた。

だけど、何故そこまで真相を知りたいのか不思議だった。刑事を辞めてまで真相を明かそうとしている。そこはやはり、もう一つの事件が深く関係していると思って良いのか。

「鳩のタトゥーの話をしたよな。実はかなり前から俺の追っていた事件で目にしていたんだ。その事件から一人の男が重要人物として名前が挙がっていた。男の名前は木島直樹。俺たちの同級生でホテルに現れた男だ」後藤くんはそう言って、胸ポケットから煙草を取り出した。

少しずつ繋がりが見えてきた。鳩のタトゥーがある男。つまり、木島直樹はもう一つの事件の重要人物。そして日和の死と関係している。その関係してる理由は鳩のタトゥー。そこまではわかるが、気になるのは後藤くんが刑事だったときに追っていた、もう一つの事件だ。

よくある事件と濁されたが、彼としては話すつもりがないと思われる。気になって仕方がないけど、私が知る権利はない。車中に沈黙が流れて、後藤くんの吸う煙草の煙だけが時間の概念を知らせるように漂っていた。

日和の孤独死。そしてホテルで起きた事件。後藤くんが追っていたもう一つの事件。

これだけ揃った駒に対して、何一つ明確な答えは出ていない。だけど、後藤くんはホテルの廊下で言ってくれた。知りたければ話すと。だったら教えて欲しい。まだ未解決かもしれないけど、今知っている事実だけでも共有させてもらいたい。

フゥと、後藤くんが煙を吐きながら深い溜息をついた。煙は開けた窓から逃げるように吸い込まれた。私はその様子を横目で眺めながら、ハッキリとした口調で話しかけた。

「やっぱり全てを知りたい。日和の死を疑っている理由はわかるけど。木島くんのことや、それに市川夏菜子の存在がわからない。彼女も何か関係してると思っていいの。それともトラブルに巻き込まれている?」

「和泉、俺の仕事は人間の闇の部分を見てしまう。闇に関わってしまうと、関わった人間さえ感情が狂う。精神的に弱かったら飲み込まれて、そのまま引き返せなくもなっちまうんだ。ある意味なぁ、人間が人間をやめる瞬間でもあるんだ。世の中で一番怖いのは弱い人間が暴走したときだ。暴走した人間が感情を抑えるにはどうすると思う?」

「他人を傷つける?」

「そうだ。他人を傷つけても良いと思う気持ちが生まれて犯罪へと手を染める。木島直樹は犯罪者というより、犯罪に対して罪悪感のない人間だ。もしも、大神日和の死を望んだのが木島の仕業だったら俺は許さない。それが俺なりの正義なんだ。大神日和の死を無駄にしたくない。彼女は犠牲者で加害者は木島。だけど、決めて言える証拠は掴んでいない。お前は知っていたか、大神日和と木島直樹が男女の仲なのを?」

「いいえ、知らないわ。その男女の仲ってのは恋人。それともただの肉体関係のことを言ってるの?」と私は核心に迫ろうと質問した。

「恋人と言っていい。でも、木島はただのヒモ同然の男だったらしい。あいつの身辺を調査してるとき、何人かの関係者が証言してくれたんだ。間違いはないだろう。大神が亡くなる一年前ほどから付き合ってる。その頃、ほとんど人間が大神と疎遠になった。つまり和泉もそうだろう」

後藤くんの話に辻褄が合う。確かにその頃から日和と付き合いが無くなっていた。

だけど、日和が木島と付き合ってるなんて驚きでしかない。高校時代に好きな人が同じで、その男性が木島という奇妙な繋がり。同窓会で起きた事件が大きく関わってる以上、私も日和も死を解明したい。じゃないと、孤独死した日和がうかばれない。

「市川のことだけど、彼女は大神日和と三年前の夏に接触してることがわかってる。恐らく彼女も、もう一つの事件の関係者だと思ってる。和泉、これは闇に溺れた人間たちが犯した罪なんだ。だから俺は・・・・・・」

だから俺は・・・・・・のあとに、後藤くんは話すのをやめて、物悲しげな表情を浮かべた。このとき、彼が何を思い何を心に誓ったのか知る由もなかったけど、どこかで私に話せないことがあるんだと思った。

車はもうすぐ私のマンションへ到着しようとしていた。

第19話につづく

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